シグマ会津工場潜入レポート(その3)





上の写真は一枚一枚のレンズを組み合わせてレンズ群を作っているところである。レンズの表面に接着剤をわずかに垂らしてレンズを接着する。その後、レンズに紫外線を照射し、接着剤を固定してレンズを組み合わせていく。

レンズ群を作ったあとで最終組み立てに入るが、その前にレンズの縁を黒く塗る工程がある。これによって、レンズ内の光の反射を減らすことができる。この工程はブラシを使って手作業で行われている。


最終組み立てと検査


レンズ群の組み合わせと、金属、プラスチックの加工が終わると、いよいよレンズの組み立てになる。上の写真は最終組み立てを行っているところだ。どのレンズを作っているのかは分からないが、広角単焦点レンズのどれかのように見える。

組み立て作業が全て終わり、レンズが完成すると、最後に待っているのは検査だ。レンズの検査と品質管理はシグマにとって常に大きな課題だったが、最近になって大きな変化があった。以前のシグマは無作為抽出したレンズをコダック製のセンサーを使用したMTF測定機にかけて検査していた。しかし、デジタルカメラの高画素数化が進み、従来の測定機では最新のカメラに必要な精度で検査ができなくなっていたのだ。

新しい方法を探している中で、シグマは優れた解像度を持つフォビオンセンサーを、フラッグシップ機のSD1で使用していることに気づいた。このセンサーを使って測定器を作れば正確な検査が行える。唯一の問題は、センサーがAPS-Cサイズで、多くのレンズが対応するフルサイズをカバーできないということだった。

この問題を解決するために、センサーを上下左右に動かして4回測定することで、フルサイズの範囲をカバーすることにした。このシステムを開発したのはシグマの若いエンジニアなのだが、残念ながら彼の名前を山木社長に聞くのを忘れてしまった。彼はハードウェアとソフトウェアを統合させたシステムを作り出し、それが最終的にシグマのA1測定機システムとなった。

A1の中にはフォビオンセンサーと、それを動かす可動部分があり、測定時にフルサイズの範囲をカバーするよう4箇所に移動する。もし、レンズがAPS-Cやミラーレス対応だったら、センサーは中央に位置したままで動かない。機械の前面にあるマウント部はいわゆるユニバーサルマウントになっており、測定するレンズに合わせてフランジバックを変えられるので、シグマ用、キヤノン用、ニコン用、ペンタックス用、ソニー用(AマウントとEマウントの両方)、マイクロフォーサーズ用と全てのレンズを使い分けることができる。

残念ながら、A1システムの写真を撮るのは許可されなかった。ここで行われていることはシグマの品質管理の要であり、一般に出していい情報ではないからだ。

A1システムの優れたところは、システムそのものの性能だけではなく、その使用法にある。シグマのグローバル・ビジョンのレンズは100%全てがA1で検査され、基準を満たしていないレンズは出荷されないのだ。私が知るかぎり、ここまで徹底した検査を行っているのはシグマ以外にはない。

グローバル・ビジョンのレンズの品質のばらつきは、他のメーカーのレンズと比べて、驚くべきほど低い。現在までにA1は30台ほど製造されており、全てがレンズの検査に使用されている。また、A1の台数も今後増やしていく予定であるという。

山木社長によると、A1を使うことで、解像度のごく僅かな違いや、レンズの偏心を見つけることが可能になったという。シグマのレンズは、同じクラスのレンズと比べてより解像度が高いことが特徴だが、A1システムの導入によって、グローバル・ビジョンのレンズはこれまで以上に設計通りの性能を発揮するようになった。山木社長は、A1の導入によって品質管理が厳しくなり、結果として生産量は落ちてしまったが、これまでよりも均質な性能のレンズを出荷できてとても喜んでいるという。

会津工場のビデオ撮影

工場見学の間は、通常では行けないようなところも見ることができたし、撮影の許可ももらったが、動画の撮影許可されなかった。しかし、シグマ自身が会津工場を紹介するムービーを作成しているので、まだ見ていない人はぜひとも見てほしい。私がこれまで見た中で一番美しいビデオだ。今回の記事で紹介した場所や工程もいくつか映っている。



シグマのおもてなし

山木社長とシグマの方々は、滞在中とても親切に歓待してくれた。工場ツアーのあと、私は会津にある芦名旅館に招待された。旅館とは日本の伝統的な宿泊施設のことで、江戸時代に街道を旅する人々のために作られたのが始まりだ。現在では多くの旅館が西洋化してしまっているが、芦名は今でも伝統的なままで、部屋には畳が敷かれ、座椅子と卓袱台以外には家具はなく、男女別に分けられた温泉がある。慣れ親しんだベッドではないことが長旅で疲れた体には心配だったが、座布団を4つ並べて横になったら快適だった(笑)

夕食を食べている間、芦名のスタッフは部屋に布団を敷いてくれた。床に敷かれた布団は最初固いのではないかと思ったが、とても快適ですぐに眠れた。それはひょっとしたら夕食中にたくさん飲んだ日本酒のせいだったのかもしれないけれど。



旅館の特徴は何よりも美味しい食事で、芦名の夕食は特に素晴らしかった。正直に言うと私は、たとえ新鮮であっても日本食は味が薄く感じてあまり得意ではないのだが、芦名の食事は全く違っていた。若い女将のあろなさんが囲炉裏で焼いてくれた料理は本当に素晴らしかった。あろなさんはとても親切でやさしい女将で、英語も堪能なので、私は自分が何を食べているのかちゃんとわかった。これは日本ではなかなかありえないことだ。この日の夕食は私がこれまで経験した中でも一番素晴らしいものだ。あろなさんはとても気配りがきいて、私たちは何かを頼んだという記憶が全くなかった。必要だと思った時には、もうそれはそこにあるのである。日本がチップを受け入れない文化なのはとても残念だ。アメリカの基準で考えれば彼女はそのサービスにふさわしいだけのチップをもらえるはずである。芦名のオーナーがこれを読んでいたら、ぜひとも彼女の給料を上げてもらいたい。

上の写真は夕食の最初のコースだ。左にきのこ、オレンジの器に枝豆、それから何か辛口ソースに乗ったタコのようなもの、刺し身と、生肉である。右側の手前にあるのは刺身用の醤油と、生肉用のソースである。この肉が何の肉かわかる人はいるだろうか?なんと馬肉である!最初は馬肉を食べることに躊躇していたが、一旦食べてみると、今まで食べてきた中で一番美味い肉だと思った。これは本当だ。もちろん、多くのアメリカの読者はこの話を聞いてぎょっとするだろうが、馬だということを気にしなければ、とても柔らかく美味しい肉だった。聞くところによると、会津地方では古くから食用に馬が飼育されているらしい。私自身は馬は食べ物ではなく、友人だと思っているが、その味の素晴らしさは認めなければならない。



上の写真は私たちをもてなしてくれたあろなさんである。手前にいるのがシグマのヨーロッパマーケティングのマネージャーのしんじさんで、ちょうど岩魚の塩焼きを出されているところだ。この魚はちょうど夕食が始まった時に焼き始められたもので、一つ上の写真に写っているのがわかると思う。地元でとれた岩魚で、竹串に刺されて囲炉裏にくべられていた。とても美味しく、特に焼けた面は上質で豊かな味がした。日本では魚は頭から食べるのが普通とのことで、私は尾びれを残して全部いただいた。頭部は特においしかった。

夕食の間、たくさんの地酒もふるまってもらった。私は実は日本酒の大ファンで、一番好きな酒の一つだ。ここアメリカではごく限られた日本酒しか手に入れることはできず、それらも大手メーカーが輸出用に作っているものばかりだ。日本では数百から下手すると数千もの小さな酒蔵があり、それぞれの地域でしかそのお酒は飲めない。これはアメリカの田舎のパブで、それぞれの職人が地ビールを作っているのと同じかもしれない。もちろん、日本の酒蔵はそこだけでしか酒が飲めないわけではなく、地元の酒屋やレストランに酒を卸しているのだと思うが。

私たちはこの晩、5種類の地酒を堪能した。それぞれ小さな地元の酒蔵によるもので、そのどれもが素晴らしかった。それぞれ違った特徴があり、炭酸が加えられているものもあった。



夕食の間、まめわかさんとつきのさんという二人の芸者さんにもてなしてもらった。アメリカでは芸者というとエキゾチックで性的な意味合いが強い事が多いが、実際の芸者はエロチックというより、気のいい親戚のおばさんに近い。彼女たちの主な役割は客と楽しい会話をし、芸を披露することである。性的な雰囲気が全くないとは言わないが、まめわかさんとつきのさんの場合は、夕食をより楽しいものにしてくれる存在であった。二人からは、現代の芸者の生活がどんなものなのか、たくさん教えてもらった。

夕食後に、二人は伝統的な日本舞踊を披露してくれた。正直に言うとこういうものを見慣れていないせいか、あまりよく意味がわからなかった。踊りはとてもよく構成されており、一つ一つの動きが象徴的で日本の伝統的な話を再現しているらしかった。もしそれぞれの踊りの背景にある話を知っていれば、もっと楽しめたのかもしれないが、私には今一つ良くわからなかった。しかし、踊りを見てるだけで、まめわかさんとつきのさんがその踊りにどれだけの時間を費やして練習してきたのかよくわかった。その優雅で正確な動きを見ているだけでとても楽しかった。上の写真は踊りを披露するつきのさんである。彼女は他の芸者と比べても若く、当然ながら親戚のおばさんのようには見えない。

芦名旅館の全てがとても素晴らしかった。もし読者の中で会津磐梯山方面に旅行に行く人がいたら、この旅館をぜひおすすめしたい。日本のおもてなしの本当の姿をここで体験することができる。もし宿泊するのなら、イメージングリソースのデイブさんから評判を聞いたと話してほしい。


おわりに

初めから終わりまで、今回のシグマ会津工場の訪問は素晴らしいものだった。最初にも書いたように、私は工場見学が好きであり、今回山木社長が工場の全てを見せてくれたことは、今までで最高の体験だった。シグマは最初、安価な互換レンズメーカーとして出発したが、先代の山木会長と山木社長が方針を決めてからは、デジタル時代の需要を完全に満たす、世界最高のレンズメーカーへと変貌を遂げつつある。その変化の結実の一つが18-35mm F1.8 DC HSM Artレンズであり、これは私たちがこれまでテストした中で最高の広角レンズだ。どんな単焦点も、高価なレンズも、このレンズの性能には及ばない。また、その後テストした120-300mm F2.8 DG HSM Sportsレンズも素晴らしい性能であることがわかった。

私がこれまで見学してきた工場のほとんどでは入場の制限がかかっており、実際に見ることの出来る製造現場は見せかけであることが多かった。シグマの工場では私はどこでも自由に見学できたし、どの工程もじっくり観察することができた。唯一入らなかったのはクリーンルームだが、それもあの白衣を着たあとだったら見ることができたはずだ。これまで読んできた人ならわかると思うが、私は今回シグマの会津工場で目にしたものに、とても感銘を受けた。これから先シグマが開発するレンズが18-35mmや120-300mmと同等の優れたレンズになるだろうということを、私は確信している。

今回のツアーで私のために時間を割いていただいた山木和人氏と山木しんじ氏にあらためて謝意を表したい。その親切と、もてなしに感謝する。ありがとうございました。