シグマQ&A:なぜ24-70mmは「ものすごく」お買い得なのか、FLDの取り扱いの難しさ、などなど
これは、コロナウィスルによる旅行制限が行われる直前の今年の3月初旬に、日本で行ったインタビューの4回目です。インタビュー後に、COVIDの影響、Imaging Resourceの売却、そして他の多くの長期にわたるコンテンツの整理などがあり、ようやくこのインタビューを公表できるようになりました。
今回は、世界最大のサードパーティレンズメーカーであるシグマを牽引してきた山木和人氏にインタビューしてきました。山木氏はこの業界で最も魅力的な経営者で、インタビューをするのが最も楽しみな一人です。
その理由の一つは、山木氏はシグマの組織の中でも最も大きな権限を持っているので、他の企業の経営者よりも自由に話をすることができるからです。二つめは、こちらはさらに重要なことですが、山木氏がシグマのエンジニアリング、製品開発、製造に、個人レベルで深く関わっていることです。なので、山木氏はかなり深いレベルでシグマの製品の技術的な側面を語ることができます。その結果、私はいつも山木氏との会話から新たな気づきや情報を得ることができてきました。そして、今回も例外ではありませんでした。
シグマのCEO山木和人氏は本社のある神奈川県から、わざわざ私の宿泊しているホテルのロビーまでインタビューのために来てくれました。山木氏は、シグマの最終的な意思決定者であるという点で、カメラ業界では異色の存在です。また、技術的な問題や製品のデザインについても、他の企業の経営者より深い理解を持っています。その結果、インタビューの質問に対しても、答えは非常に率直で的を射たものになっています。山木氏とシグマやカメラ業界全体の話をするのはいつも楽しみです。
ご存知のように、私が3月に日本を訪問した後の半年間で世の中は大きく変化しており、当時のシグマの生産能力にCOVIDが与える影響についての私の質問は完全に過去のものとなっています。この記事を掲載する前に山木氏に連絡を取り、その間に発表されたシグマの最新レンズについて話す機会を得ました。その中には素晴らしい製品も含まれているので、新しい話題もたくさんありました。今回の記事は3月に行ったものと、最新のインタビューを合わせたものなので、これまでで一番長いインタビューになったかもしれません(12,000語以上!)。私が驚いたのと同じように、読者もこれを楽しんでくれることを願っています。
もったいぶるのはこれくらいにして、そろそろインタビューを始めたいと思います。まずは2020年9月初旬に行ったCOVIDの影響についての質問から始めましょう。(山木氏との最新のインタビュー部分は「追記」と書かれた部分になります)
追記:COVIDの影響
Dave Etchells(以下DE): またお話ができて光栄です。早速ですがSigmaの現在の状況はどうですか?
山木和人(以下KY): 以前は厳しかったですが、今は大丈夫です。
DE: 米国の市場調査会社から、カメラ市場は非常に打撃を受けたが、レンズの売上はカメラボディほど悪くないという統計を聞いたことがあります。
KY: 本当ですか?
DE: ええ。
KY: 日本のCIPA の統計や世界の市場調査によると、そのような傾向はないと思います。ほとんどのカメラボディとレンズは、昨年に比べて全て減少しています。レンズも例外ではありません。
DE: ああ、それは残念です。シグマはまだ大丈夫なのでしょうか?
KY:そうですね、4月、5月はかなり苦戦しましたが、6月に入ってから売り上げが戻ってきました。面白いことに、4月、5月の苦しい時期でも、一部のレンズは売り上げを維持していました。
DE: え、本当ですか?
KY: マクロレンズですね。実際にマクロレンズの需要が急激に上昇したのですよ。
DE: なるほど、何となくわかります。みんな家にいましたから、確かにそうですよね。
DE: そうなんですよ。みんな、家庭内や庭、静物などを撮って楽しんでいたようです。
DE: とても興味深いですね。今はもっと広く、他のレンズも売れるようになってきたのでしょうか?素晴らしい性能のレンズが数多く発表されたので、それらの売り上げも好調だと思いますが。
KY:ありがとうございます。新しいレンズは世界中のほとんどの地域で好評です。しかし、市場の状況は世界中で一定ではありません。非常に良い国もあれば、まだ苦しんでいる国もあります。
DE: アメリカはまだCOVIDで大きな問題を抱えていますが、例えばスウェーデンは初期の段階ではかなり違ったアプローチをしていて、今はかなりうまくいっているようですね。
KY: そうですね、とても驚いています。
DE: スウェーデンは売上が伸びている国の一つなのでしょうか?それとも国別のデータではなくEU全体のデータがあるだけなのでしょうか。
KY: とてもよく売れていて驚いています。(注:スウェーデンがうまくいっているという意味なのか、それともEUのデータしか持っていないという意味なのかは不明)
DE: 日本自体はウイルスに対してかなり上手く対処しています。最近、症例が少し増えたので、いくつかの懸念があるのは知っています。ですが、全体的には日本はアメリカよりもはるかによくやっています。日本政府は1日に1000人規模の感染者が出ることを懸念しているようですが、ここアメリカでは、私が住んでいるジョージア州だけでも、まだその倍以上のレベルの感染者が出ています。人口は1千万人に過ぎないというのに(しかもジョージア州全体の大きさは、東京の首都圏の約1/4の大きさしかありません)。
検査の感度が高すぎるのではないかという意見もあります。ウイルスの断片だけを検出することができるので(ウイルス全体でなくても)、過大な報告をしているかもしれません。しかし、良いニュースもあって、米国での致死率が初期の頃に比べてはるかに低いということです。もちろん、直接日本に行けないのは大きな問題ですが(笑)。
3月のインタビューでCOVIDの話をしましたが、それは半年前のことで、当時は全く状況が異なりました。部品供給会社やシグマの生産は現在どうなっていますか?
KY: まず第一に、当社の生産システムはCOVID-19の影響をほとんど受けていません。一部の部品は日本の会社から購入していますが、中国に工場を持っています。そこからの部品の納入には多少の問題がありましたが、生産には影響はありませんでした。今のところ、ほぼ問題はありませんね。
DE: それは良かったです。日本は比較的コロナの影響が少ないのですが、それ以上に会津は都市部から離れているので、今はほんのわずかの感染者が出ているだけでしょうね(注:シグマの工場があるのは福島県の会津若松)。
KY: ええ、ほとんどありません。
DE: 前回の3月のインタビューで、技術者の話をしたのを覚えています。CADシステムにアクセスする必要があるので、在宅では仕事ができないということでした。システムを外部からアクセス可能にするにはセキュリティ上の問題があるからだと思います。話を聞く限りシグマでは従業員の在宅勤務は問題になっていないようです。東京では一時期在宅勤務を強制していたような気がしますが、それはただの勧告だったのでしょうか?
KY: それは勧告で、強制ではありませんでした。しかし、私たちはその指示に従い、4月と5月には30%の社員だけがオフィスに出社し、残りの社員は自宅で仕事をしていました。6月にはその制限を緩めて、50%の社員に在宅勤務を認めました。7月に入ってからは100%会社に復帰させていましたが、中旬になってから急に日本のウイルス感染者が増えました。そのため、2週間は全員がオフィスに戻っていましたが、7月中旬からは30%の在宅勤務を許可しており、今もその措置を継続しています。
DE: その比率は均等ではなく、エンジニアはオフィス勤務が多く、事務員は在宅で仕事をしている人が多いという感じでしょうか?
KY: その通りです。エンジニア、特に緊急の案件に取り組むスタッフを優先しています。営業、マーケティング、その他の事務系のスタッフには、在宅勤務をお願いしています。でもご存じかと思いますが、本社の社員のほとんどがエンジニアです。8割くらいですね。
DE: ええ!そんな多いとは知りませんでした。
KY: はい、たぶん75~80%くらいです。なので、やりくりは難しいですね。
(ここからは、2020年3月に行われたインタビューの内容になります)
DE: 製品について伺います。先日、フルサイズのFoveonの計画をいったん見直すと発表がありましたが、とても残念でした。非常に難しい決断だったと思います。フルサイズFoveonについて、また、Foveonの将来についてどのようにお考えですか?
KY:Foveonはまだ研究開発を続けていますし、フルサイズセンサーの開発も継続中です。2020年にフルサイズのFoveonセンサーを搭載したカメラを発売する予定だったのですが、それは不可能だとわかりました。そのため、センサーの開発は続けていますが、カメラをいつ発売するかは未定です。
シグマのFoveonセンサーはシリコンの特性を利用して、1画素ごとに赤、緑、青の3色のデータを得ています。従来のセンサーのようにカラーフィルターを用いて1画素ごとに単色を得る方法ではありません。その結果、1ピクセルあたりのカラー解像度が大幅に向上しますが、高ISO性能が弱く、カラーマネージメントのための後処理が増加するという特徴があります。Foveonのファンは、このセンサーから得られる写真の立体感は他では得難いと語っています。
DE: なるほど。
KY: 一歩後退ということは、まずFoveonの技術開発に集中するということです。そして、センサーの準備ができたら、カメラを発売します。
DE: ということは基本的にはFoveonの開発に集中するだけなんですね。
KY: 現時点で2つの課題があります。1つ目は、フルサイズのFoveonセンサーを作る際に設計ミスがあることです。フルサイズFoveonセンサーの試作品はすでに何世代にも渡って作ってきていますが、どれも設計上の問題でうまく動作しません。なのでまずはこの問題に取り組む必要があります。2つ目の問題は、製造の困難さです。
DE: むむむ。
KY: 今回のプロジェクトを始めるにあたって、新たなセンサー製造会社との協業を開始しました。
DE: なるほど、新しい会社にしたのですね。
KY: はい、アメリカにある会社です。サンフランシスコに近いローズビル(カリフォルニア州)という小さな街に拠点を置いています。日本のNECの子会社でした。
(注:グーグルで調べてみると、これはTF Semiconductor Solutionsという会社で、かつてはTSI Semiconductors(2012-2014)、Renesas Electronics America(2010-2011)という名前でした。山木氏が言うように、この会社はもともとNECが1998年に設立したものだそうです。ただし、これはあくまでもグーグルで調べた私の推測であることをご了承ください)
DE: そうなんですか?
KY: カイゼンという言葉を知っていますか?継続的な改善の哲学なのですが、彼らの工場ではカイゼンの原則を適用しているので、品質はかなり高いです。
DE: うーん。
KY: また、Foveon社のオフィスが同じ地域にあるので、Foveonと非常に密接に仕事をすることができます。同じ時間帯、同じ言語を使っているので、このプロジェクトで一緒に仕事をするのは良いアイデアだと思いました。しかし、Foveon社のセンサー製造技術を現在の製造会社から新しい会社に移すのは、非常に難しく、時間がかかりました。私が思っているよりも遥かに難しかったです。
DE: ええ、他の多くのチップとは全く異なる半導体プロセスになります。チップは複数の層に分かれてますし、半導体ドーピングの仕方なども異なるでしょうね。
KY: はい。全く違うわけではないようですが、これまで違うので難しいようです。あとは、その会社にとっては初めてのフルサイズセンサーの製造でもあります。
DE:あ、フルサイズか。となると、2つの部品を繋ぎ合わせないといけないですね。
KY: そうなります。
DE: どうやってそんなことができるのか、全く理解できませんでした。二つのセンサーをピクセルのど真ん中で合わせることができるとは、私には驚きです。
KY: この技術はスティッチングと呼ばれていますが、物理的に2つのセンサーを繋げるわけではありません。(半導体露光の工程で)2回露光するのです。
DE: なるほど。
フルサイズセンサーでは、製造工程中に2回の露光が必要になります。そのためには、チップ上の配線をミクロレベルの精度で「ステッチ(接合)」することが必要です。このような驚くべき精度での制御は、最近の半導体の製造で必須になっています。チップメーカーでは、この露光を行うために、様々な会社の巨大な「ステッパー」(Step-and-Repeatの略)を使用しています。上の機械はキヤノン製ですが、他にもニコン、ASML、アプライドマテリアルズなどが製造しています。
KY: ステッパーを使って、2回の露光を正確に、非常に高い精度で行い、露光した箇所を完全に合わせなければならないのですね。
DE: ああ、それは私にとっては理にかなっています。なぜなら、誰かが物理的に別々のチップだと言っていたので、機械的にそれを接合する方法はないと思っていたからです。ということは、その会社が2重露光をするのは初めてなんですね。
KY: そうです。
SIGMA fpの成功
DE: 少し明るい話題に移りましょう。私たちはようやくSIGMA fpのサンプルが手に入りそうなので、とても喜んでいます。うちのオフィスのメンバーは非常に、ものすごく、大変興奮しています。出荷はどこまで進んでいますか?
KY: 10月末に出荷を開始しました。
DE: え、そんなに前ですか?ただ、手元に届くまでに時間がかかっただけですかね。Imaging Resourceがどうなるかわからないので、サンプルを送るのが遅れたのかもしれません。市場での評価はどうですか?また、売り上げは予想よりも好調でしょうか、それとも下回りそうですか。
KY: 日本では特に好調です。日本での売上は非常に良いですが、他の市場では私が予想していたほどではありません。
シグマのフルサイズLマウントカメラ「Sigma fp」は、2019年10月下旬に発表された。メカニカルシャッターを完全に排除し、放熱のための非常に優れた対策のおかげで、驚くほどコンパクトになっている。
(注:Imaging Resourceはその後、2つの動画を含むSIGMA fpの詳細なレビューを行った。こちらをチェックしてほしい)
DE: 日本は予想していたよりも良いですか、それとも予想と同じくらいでしょうか?
KY: 初動の売れ行きは期待した以上に良かったです。今のところ、軌道に乗っていると思います。海外の市場では、私たちのカメラを試してくれたユーザーは、あまり多くなかったようです。ですから、多くのユーザーに試していただけるように、タッチ&トライイベントをもっと開催していきたいと思っています。
(注: コロナウイルスの危機のために、ほとんどの国では今でもイベントは行われていません)
DE: 日本ではすでにシグマのカメラに慣れ親しんでいる人が多かったようですね。
KY: そうですね。また、ヨドバシやビックカメラ、キタムラなどの大手カメラ店に行くと、ほとんどの店でデモ機が置いてあります。
DE: ああ、それはいいですね。私の印象では、fpの最大の特徴は動画撮影機能だと思っていました。このカメラは動画が中心なのでしょうか?それとも静止画と動画が等しい価値を持つのでしょうか?
KY: 私にとっては、静止画と動画が半々です。技術的な話になりますが、モードを切り替えると、ユーザーインターフェースが全く違うことがわかります。通常、動画機能を搭載したカメラは、動画でも静止画でも同じユーザーインターフェースを持っています。画面上にメニューがいくつか増えていますが、基本的には同じです。
しかし、SIGMA fpでは静止画と動画で全く違うユーザーインターフェースを、同じくらいの時間をかけて開発しました。ですから、技術的にはかなり対等と言っていいと思います。静止画と動画は同じ立ち位置です。しかし、私たちの主なユーザーは、やはり静止画を撮る写真家です。
DE: そうなんですか?うーん。
KY: はい。fpで静止画を撮ります。
DE: それは面白い。
KY: 特にストリートフォトが好きな人には好評ですね。
DE: あー、小さいから、小型ですからね。
KY: デジタル一眼レフのような大きなカメラを持ち歩くのが苦手な人には良いと思います。だから、静止画を撮る多くの人に、ぜひ私たちのfpを使ってみてほしいです。そこが日本と他の市場との一番の違いだと思います。おっしゃるように、他の市場では、このカメラの主な機能は動画だと考えています。しかし、日本では数は言えませんが、ユーザーのほとんどが静止画を撮る写真家です。
DE: それは面白いですね。
KY: ご存知のように、静止画の市場は動画の市場よりもはるかに大きいんですよ。
DE: ああ、それは私が質問しょうとしていたことです。動画市場がどれくらい大きいのか。動画よりも静止画の方がはるかに大きいということですね。
KY: ええ、その通りです。動画の場合、大きなセンサーを搭載した動画撮影者は、基本的にはプロです。ビデオグラファー、映画製作者、または撮影監督。その市場は非常に小さいです。
DE: 面白いですね。この前のイベントでは、大きなレンズやフレームなどを搭載したリグを組んだfpを見ていたので、とても印象に残っています。もちろん、Imaging Resourceではどちらかというと静止画のユーザーの方が多いので、そちらを中心に取材していきたいと思っていますが。
KY:日本では、ライカMマウントレンズを使ってfpを楽しんでいるユーザーが多いですね。ライカM-Lアダプターを使って、非常にクラシカルでコンパクトなライカのレンズを装着しています。
DE: それは面白いですね。
KY: 本当に、とてもよく似合っています。
DE: そうすると、本当に小さくなるんですね。
KY: そうです。
Lマウントに対応した超小型ポケットカメラとして、ライカユーザーの間ではSigma fpが人気を集めているようです。山木氏によると、fpが発表されて以来、ライカのMマウントからLマウントへのアダプターが都内のカメラ店でよく売れているそうです。Mマウントレンズを持っているライカユーザーが使うそうです。
DE: Mマウントレンズは全部マニュアルフォーカスなんですね。
KY: マニュアルフォーカスですね。かなり人気があります。都内のカメラ専門店にライカのM-Lアダプターの在庫があったのですが、急に売れ始めて在庫切れになってしまいました。
DE:あ、急にライカMレンズを使いたいというfpユーザーが増えたからですね。それは本当に面白いです。ライカユーザーは、製品の見た目にもうるさいですが、fpは高級感がありますよね。
KY: そうですね。
DE: とても面白いです。
SIGMA fpについての対話
(ここから、2020年9月上旬の山木氏とのインタビュー内容を紹介します)
DE: 最近の状況について伺いたいと思います。3月にfpの売上はどうなっているのかという話をしました。最初は山木氏の予想以上に大きな売り上げがあって、3月には下がってきたけど計画通りに動いているとおっしゃっていました。
KY:そうですね、4月に入ってから急にfpが売れ出したと思います。4月、5月、6月と好調で、まだ売れています。興味深いことに4月から急に、多くの人が家にいて仕事をしなければならなくなったので、ウェブカメラが必要になったんですね。
DE: そうなんですか!面白いですね。
KY: その当時は、特別なソフトをインストールしなくても、ウェブカメラとして使える唯一のミラーレスカメラはfpだけだったんです。USBを差し込むだけでウェブカメラとして使えます。
DE: おお、すごいですね。私がパナソニックの方とコロナ後の状況を話していたとき、彼らは特定のモデルが大量に売れていると言っていました。パナソニックは自社のカメラをウェブカメラとして使えるようにするソフトウェアをリリースしましたが、それは特定のモデルにしか対応していませんでした。そうすると、突然、そのモデルが売れ始めたんです。でも、fpはソフトがなくてもUSBを差すだけでいいんですよね?
KY: そうです、fpがレンズ交換ウェブカメラのきっかけになったのは間違いないと思います。その機能を売り込むつもりはなかったのですが、在宅勤務の時にWebカメラとして使う社員が多かったのです。それを自分のTwitterで使用例として紹介したところ、急に人気が出て、Webカメラとして使うためにfpを買ってくれる人が増えたのにはびっくりしましたね。
DE: いや、それはかなり高価なウェブカメラですよ!でもそうすると、買った人は配偶者や他の家族に言い訳ができますよね。「ほら、とても役に立つでしょ?ウェブカメラを買うだけだと、それにしか使えないけど、このカメラは色々なことに使えるんだよ。で、ミーティングの時には自分をカッコ良く見せたいよね?」(笑)
KY:そうですね、多くの人がそういう言い訳を使ってきたようです。でも、他の国ではまだ売れていません。違いは、日本のユーザーは主に静止画用のカメラとして使っていることだと思います。しかし、他の国では、fpは動画カメラとして見ています。
DE:その違いは文化的なものなのでしょうか。発表会で大きなリグが組み込まれていたのが印象的で、「ああ、コンパクトだから、車に載せるような小さなカメラにはいいんだな」と思いました。でも、日本では静止画の撮影に人気があるのが面白いですね。
KY:日本では伝統的にコンパクトで高級なカメラが人気ですよね。ライカMのように。日本ではとても人気があります。ライカにとって一番の市場は日本だと思いますよ。
DE: そうなんですか?うーん。。
KY: そうですね、リコーのGRも日本ではとても人気があります。
DE: それは興味深いですね。アメリカではほとんど売れなかったと記憶していますが。
KY: そうです。でもGRは日本、香港、台湾、韓国ではとても人気があります。歴史的に見ても、日本人はコンパクトでハイエンドなカメラが好きなんです。
レンズについて:シグマ 24-70mm F2.8 DG DN
DE: レンズとLマウントの話になりますが、これまでの製品をLマウントに対応させて、あっという間にLマウントのシリーズができあがっていますね。発表されたレンズはすべて既存のものをマウント変更したものですが、24-70mm F2.8は新しい設計なのでしょうか?
KY: はい、短いフランジバック用に設計されています。
DE: そうですよね。これは短いフランジバック向けに開発された最初のレンズですか?
KY:いや、14-24mm F2.8のようにレンズはいくつか出しています。14-24mm F2.8は2本あって、1本はデジタル一眼レフ用、もう1本はミラーレス用で、ソニーのEマウントとLマウントです。また、24-70mm F2.8、35mm F1.2があり、45mm F2.8はSigma fpに同梱されています。
DE: ということは今のところ4本のレンズですね。
KY: そうです。APS-C用のレンズを含めると、さらに3本あります。16mm f/1.4、30mm f/1.4、56mm f/1.4です。
DE: そうか、ソニーのEマウント用でしたね?
KY: そうです。
DE: 24-70mmを発表してから約1ヶ月後に、注文が殺到したと発表されました。予約が非常に多かったので、発売が遅れるとおっしゃっていたと思いますが。
KY:非常に多かったです。まだ需要に届いていません。
シグマは最近、ミラーレス用に設計された24-70mm F2.8のレンズを発表した。LマウントとソニーEマウントの両方に対応している。このレンズは、非常に手頃な価格で優れた画質を実現しており、米国ではソニー24-70mm F2.8 Gマスターレンズの半額程度で販売されている。このレンズは人気があるので、シグマはその需要に追いつくために生産力を上げている。
DE: そうなんですか!?まだ十分な数が作れないんですね。
KY: はい。生産量を増やしてはいるんですが、まだ需要に追い付いてません。
DE: いやあ、なんでそんなに人気があるんですか?ソニーの半額くらいの価格ですが、価格が大きなポイントになっているのでしょうか?
KY:そうですね。あとは性能でしょうか。少なくとも、ソニーEマウントやLマウント用のF2.8標準ズームレンズとしては、このカテゴリーではトップクラスの性能を持っています。私はこれが最高性能だと思っていますが、客観的に見ても、トップのうちの1つです。そして、価格はソニーの24-70mmの半分です。
DE: そうですね。しかし、どのようにしてこのような低価格で高品質のレンズを作ることができるのですか?その秘密は何でしょうか?
KY:まず、このレンズは歩留まりが非常に高いです。当社のエンジニアは光学設計を終える前に生産ラインの設計をしたのです。ラインの中でレンズユニットの光学性能を確認したりレンズの位置合わせをしたりする計画が始まっていました。ですから、光学設計をしながら、いかに歩留まりを良くするかという組み立てラインも考えていたんです。
近年、レンズ設計は飛躍的に進歩してるが、シグマは「アート」ラインのレンズを多く出して、その道をリードしてきた。新しい24-70mm f/2.8 DG DNレンズはその代表的な例であり、クラス最高の性能を持ちながらも、非常に手の届きやすい価格を実現している。(上のMTFグラフはF2.8開放でのものであることに注意)
DE: 光学設計と製造設計が一緒に進められていたのですね。面白い。組立段階ごとの公差がわかっていてるので、モンテカルロシミュレーション(乱数を使った交差解析)もできるんでしょうね。
KY: はい。また、レンズ設計者は工場の製造技術者と最初から密接に連携していました。製品を開発しながら高歩留まりを実現する方法について、協力をしていました。
DE: 本当に重要なことだと思います。確かに歩留まりが良ければ、より良い価格で販売することができますよね。
KY: そして、その組立ラインのためにかなり多く投資しました。
DE: ああ、歩留まりを改善するために、多くの特別な設備や機械などを入れたのですね。
KY: そうですね。通常はこのレンズにはもっと高い値段をつけなければならないと思います。性能や品質には一切の妥協はしていないですから。なので、普通は価格が高くなるのですが、少し戦略的な価格をつけました。
DE: そうですか、丁寧な開発を同時に行ったのですね。機械やシステムに投資して、もう少し価格を下げれば、もっとたくさん売れるから、もっといいものができるんじゃないかと。
KY: そうです。
DE: とても面白いですね。それでもまだ需要に追いていないのはすごい。最初からかなり良い売上を予想していたのではないでしょうか?
KY: 実は売上に100%の自信があったわけではないんです。
DE: あ、少し慎重だったと?
KY: でも、出荷を開始してからは、ほぼ毎週のように、世界中から非常に良い評価をいただいています。
DE: それで、それが多くの人に知られていくと。
KY: そうすると、どんどん需要が増えていきましたね。
Lマウント用のAPS-Cレンズ?
DE: 素晴らしい。まさにサクセスストーリーですね。さて、昨年のCP+で話をしたときに、「APS-Cのイメージサークルを持つLマウントレンズが出ます」とおっしゃっていたのがとても興味深かったです。それについて、現時点で何か一言いただけますか?
KY: はい。すでにソニーEマウント用のAPS-Cレンズが3本ありますので、そのLマウント用を作っています。それが現在の計画ですね。
シグマは、これまでにソニーEマウント用の低価格で高性能な単焦点「コンテンポラリー」レンズを販売してきた。それをLマウント化したものを開発している。画質も良く、価格も手ごろなので、Lマウントのプラットフォームを盛り上げてくれるだろう。(注:ただし、上記の価格と"お得なセール "は、この記事を書いた2020年9月初旬の時点での米国での話。価格は他の国では異なる可能性があり、将来的に米国でも変更されるかもしれない。ちょうど3つのDC DN単焦点レンズを一緒に表示する画像が欲しくて探したら、見つけたのは米国のサイトだった)
DE: ああ、なるほど。
KY: でも将来的には、Lマウント用の新しいAPS-Cレンズを開発すると思いますよ。
DE: それを作ると言われてちょっとびっくりしました。APS-CのLマウントカメラはライカのCLとTLしかないからです。これはそれほど数が出ていません。いずれLマウントのAPS-C Foveonが出てくるかもしれないということなのでしょうか?
KY: いいえ、今はフルサイズのFoveonに取り組んでいます。
DE: fpはベイヤーセンサーで作っているので、もしかしたらそっちが...。
KY: うーん。fpのコンセプトを続けていくと、おそらくフルサイズのままになるのではないでしょうか。でも、これはあくまでも予想です。今はそういう計画はありません。ただ、将来の話になりますが、もしセンサーが5000万、6000万、7500万画素のような大きな画素数を持っていれば、APS-Cでクロップモードを使えば、非常に良い画像を撮ることができます。そうすれば、非常にコンパクトなレンズを使うことができるんです。
DE: あ!それは私も今思いつきました。
山木氏が「シグマはAPS-CのLマウントレンズをもっと開発する」と言っていたのには驚いた。APS-CセンサーのLマウントカメラが出てくることからですかと聞いたら、「いいえ」と言う。しかし高画素数のフルサイズカメラならば、APS-Cにクロップしても十分な画質を得られると指摘した。上の図を見ればわかると思う。もちろん将来的にAPS-CベースのLマウントボディが登場する可能性があることを事前に知っていたとしても、それを明かすとは思えない。ニコンのシステムでのZ50の例を見ていると、APS-CベースのLマウントカメラがいずれ登場しても不思議ではないと個人的には思う。
KY: フルサイズ用のレンズは大きくて重いので、それが課題です。小回りの利くカメラを使いたいなら、APS-Cという選択肢もありますよね。だから、システムをコンパクトにするために、APS-Cレンズを使うのも一つの手だと思っています。そして、本当に本格的な写真を撮りたいのであれば、フルサイズのレンズで、センサーを全て使うことができます。
DE: ふと思ったことがあります。センサーチップの歩留まりがどうなっているのかわからないのですが、フルサイズとしては使えないセンサーができて、それがAPS-Cの範囲なら使えるのなら、とりあえずそれを搭載してAPS-C限定のカメラとして使えるような気がします。
KY: レンズ交換式のカメラであれば、フルサイズとAPS-Cの両方を使うことができます。だから、そういう場合でも用途に応じて、ユーザーは選択することができるでしょうね。
DE: フルサイズのカメラを持っている人でも、コンパクトなレンズとしてAPS-Cを選ぶかもしれないと。
KY: そうです。
DE: なるほど、わかりました。さて、Lマウントアライアンスが全体的にどのように進んでいるかという点では、どのような印象をお持ちですか?全体的なシステムとしては、アライアンスが期待していた通りの売上や進捗だったと思いますか?
KY:そのような発言をするのも、プロジェクトの状況を判断するのも、まだ早いと思います。提携を発表してリリースを開始してからまだ1年半しか経っていません。3社が同じプラットフォームに取り組んでいるとはいえ、完全なシステムを手に入れるには少なくとも3年は必要だと思います。ですから、この提携の成果を見ることができるのは、おそらく...
DE: ...あと1年半ですかね。
KY: そうですね。
DE: 私がパナソニックと話したのは、S1、S1R、S1Hのカメラについて非常に良い経験をしたということです。また、パナソニックのカメラを使ったことのある人たちは非常に高く評価しているようです。ただ、問題はユーザーが少ないということで、シグマのfpと似たような感じです。時間をかけて、人々に認知されていく必要があります。
パナソニックはLマウントアライアンスの主要パートナーであり、現在4種類のSシリーズを展開している。上の写真は、同社の高解像度静止画写真向けモデル「Panasonic S1R」。山木氏は、パナソニックのLマウントのクオリティを高く評価していた。
KY:そうですね。実際にS1シリーズはかなり良いんですよ。おそらく、現在市場に出回っているフルサイズミラーレスカメラの中では最高の部類に入ると思います。
DE: おお!
KY: 本当にそう思いますよ。シャッターも素晴らしいし、ファインダーも優れている。画質も文句なしです。
DE: ええ、とても強力なカメラです。先ほど、動画よりも静止画の方が市場は大きいとおっしゃっていましたね。パナソニックを見ていると、S1Hは彼らにとって非常に重要な製品になりそうな気がします。私の感覚では、S1HはLマウントへの関心を高め、人々をLマウントに引き込む力があります。ライカは、販売量が少ないのではないでしょうか。ライカは常に高価格帯の狭い市場戦略をとってきました。
全体の販売量や普及率に対して、様々なパートナーがどのような貢献をすると思いますか?ボディの販売台数は、ライカではなく、シグマとパナソニックにかかっているような気がします。
KY:そうですね。ライカのカメラやレンズは価格が高いので、ユーザー層がかなり限られています。だから、数量的にはシグマとパナソニックの方がアライアンスに貢献できます。しかしそもそも、ライカはLマウントのライセンサーです。また、ライカは高級プレミアムブランドですから、ライカとの提携には大きな意味があります。
DE: そうですね、ライカのハロー効果でLマウントのイメージも上がりますし。
KY:個人的にはアライアンスはライカユーザーにとっても非常に良いことだと思っています。ライカ製品だけでシステムを構成すると、非常にコストがかかります。カメラ、レンズ、アクセサリー、全てに高価です。お金持ちの方でもかなり高く感じるのではないでしょうか。
DE: そうですね、カメラとレンズ1本で10,000ドルです。それから、もう一本レンズが欲しくなったら、さらに5,000~6,000ドルかかりますよね。
KY: そうです。だから、ライカのカメラでシグマのレンズを試してみたいと思うかもしれません。ライカユーザーにとって、選択肢が増えることはとても良いことだと思います。
DE: ええ、私もそう思います。多くの人がライカを好きだと思いますが、ライカには手が届きません。彼らはレンズを揃えたいと思っていますが、よほど裕福な人でない限り、ライカで全てを揃える余裕はありません。ライカのボディとレンズを一つ買うことくらいはできるかもしれませんが、シグマやパナソニックのレンズという別の選択肢があるのは心強いです。
KY: そうですね。おっしゃる通りです。
DE: それがライカのボディの販売にどのような影響を与えているのか、興味深いところです。あなたがおっしゃったように、時間が経てば経つほど、ライカの販売にも影響が出てくると思います。
KY: 実は、ライカSL2はかなり売れていると聞いています。数はわかりませんが、聞いた話では...。
DE: ...実際に多くの数が出ていると?
KY: ええ、そうです。
DE: さて、シグマのマウントコンバータとマウント変換サービスの売上がどのくらいなのか気になります。ミラーレスカメラが増えてきて、アダプターの販売も増えてきているのでしょうか?
KY:アダプターは未だに非常によく売れています。ピーク時に比べると少し売れ行きが下がってきてますが、まだまだたくさん数が出ています。主にキヤノンEFからソニーEマウントへのアダプターです。
DE: マウント変換サービスもありますよね。それともアダプターだけの利用が多いのでしょうか?
KY: マウント変換サービスは毎月定期的に依頼を受けていますが、それほど多くはありません。ただ、キヤノンのEFマウントやニコンのFマウントからソニーのEマウントへの乗り換えを希望される方は多いですね。また、すでにキヤノンやシグマのSAマウントからLマウントに変更されている方もいらっしゃいます。
DE: 本当ですか?うーん、マウント交換サービスを用意していることは、ユーザーにとって大きな意味を持つと思いますが、おそらくそれほど多くの人が利用するわけではないのかもしれません。戦略的な意味を持つものだとは思いますが。
KY: そうですね。
なぜあれほど多くのFLDやSLDガラスが24-70mmに使われているのか?
DE: 次の質問は24-70mmの話に戻ります。どうやってそんな手頃な価格でできたのかと思っていたのですが、製造方法が答えでした。しかし、レンズの構成図を見ていて、FLDとSLDのガラスが大量に入っているのが気になりました。これらのガラスは製造に貢献したのか、それとも画質を向上させるためのものだったのでしょうか。
新しい24-70mm F2.8 DG DNレンズは、前例のないほどの数の蛍石相当のガラス(FLD)を使用しており、構成レンズのうち6枚以上がFLDガラスで作られている。FLDは、従来のガラスに比べて原料コストが高いだけでなく、加工コストも高い。しかし、シグマは生産ラインの設備投資を大幅に行い、多くのユーザーが手にしやすい価格設定を可能にしている。
KY:画質を上げるためですね。実際、FLD/SLDガラスを磨くのはかなりのコストがかかりますし、歩留まりも従来のガラスに比べて非常に低いです。
DE: ああ、それは気になっていました。
KY: こういった特殊なガラスは伝統的なガラスと比べてかなり柔らかいので、ガラスを磨いているときに傷を作りやすいんです。
DE: なるほど。
KY: ガラスを磨くには3つのステップがあります。1つ目はラップ研磨ですが、シグマでは曲線生成と呼んでいます。2つ目がスムージング、そして最後が研磨です。でも、FLD/SLDの場合は、2回、時には3回、4回と磨かないと傷が残ってしまうんですよ。
DE: そうなんですか?それは面白いですね。うわー。
KY: 研磨のステップでは非常に細かく磨きます。とても精密な機器を使います。
DE: そうですね、確かルージュと呼ばれる研磨剤だと思います。酸化セリウムか何かだと思いますが、宝石用のルージュはとても細かい研磨剤ですよね。
KY: はい。でも、FLD/SLDを磨く時は、さらに細かい材料を使ってガラスを磨くんですよ。
DE:そうなんですか。
このレンズ研磨機の列は、2013年にシグマの会津若松工場をくまなく見て回った時のもの。通常、レンズは一回で研磨を終わるが、FLDガラスは繊細で傷がつきやすいため、微細、極細、超極細と片面3回の研磨が必要になる。これは製造コストを増加させるが、結果として新しい24-70mm f/2.8 DG DNのような光学性能を得ることができる。
KY:通常、従来のガラスを磨く場合、片面ずつ1回ずつ磨きます。でもSLD/FLDは片面3回、もう片面3回ですから、6回も研磨するんです。結構コストがかかるんですよ。
DE:うわー。なるほど、で、3回連続なんですね。微細、極細、超極細と。
KY: そうです。
DE: いやあ、私は、特殊ガラスの方が作業が難しいということは理解していましたが、その理由や、対応するためにどれだけの工程を追加しなければならないのかは知りませんでした。質問する前に、私が持っていた疑問の一つに答えてくれました。
KY: 例えば、光学的には傷はあっても大丈夫なんですよ。でも、視覚的にはイマイチですよね。こうやってガラスを見ると、表面に非常に細かい傷がついているのがわかるからです。なので、そういう傷を全部取り除かないといけないんです。
新しい光学ガラスの開発
DE: それも面白いですね。傷は全体の表面のごく一部ですから、光学的な問題ではありません。でも、レンズを覗いて傷を見つけたら、ユーザーいい思いはしないですよね。興味深いです。SLDについては、ELDやFLDもそうだったと思いますが、ガラスメーカーとの合弁事業で開発されたのでしょうか?
KY: 実は共同事業ではありません。シグマはHOYAやオハラからガラスを購入していますが、協力して様々なプロジェクトを一緒にやっています。シグマの光学技術者とガラスメーカーの技術者の間で定期的に打ち合わせをしているのですが、そこでどんな材料が必要なのかを彼らが聞いてくるんです。
そしてたまに試作品を作ってもらって、うちの工場でテスト研磨をしています。それが良さそうだったら、そのまま製品に使っていく。だからこそ、他社よりも先に新しいガラスを使うことができるのです。実は、この新しいガラスを使うのはかなりリスクが高いんです。研磨工程での歩留まりが非常に悪ければ、コストに大きく伸し掛かります。また、生産計画を達成することもできなくなります。これはかなりリスキーで、誰もそんなリスクを取りたがらないんです。
だから大手企業は皆、他社がどうしているかを見ています。そして、普通はシグマが最初に新しい素材を使うんです。シグマがそのガラスを使っているのを見てから、他社もそのガラスを使い始めるのです。
DE: その時点では、HOYAのガラスと...。オハラって言ってましたよね?
KY: そうです。オハラはキヤノンの関連会社です。
DE: あははは。なるほど、そうなった時点で、HOYAかオハラのカタログに載るガラスになるわけですね。で、他の会社が買ってもいいんですけど、最初はシグマがリスクを負って使うわけですね。
KY: そうですね。
DE: 私は、ガラスの配合にどのような制限があるのか、よく知りませんでした。ガラスから物質が沈殿して欠陥が発生するかどうかに関係していることは知っていますが。ガラスの中に特定の元素を入れすぎると、ガラスが冷える時に小さな沈殿物が出てきて、少し結晶化してしまうことがあります。添加された元素がガラスの中から出てきたがるような感じで、ガラスの中に小さな結晶や沈殿物が出てきます。だから、それが限界だとは思っていました。
しかし、ガラスによって研磨特性にそこまでの差があるとは知りませんでした。だから、HOYAがガラスを持ってきて「これ、頼んでた超低分散のやつですよ」って言っても、工場に持って行って磨いてみたら「いや、これは磨けませんよ」みたいな感じになるかもしれないと。
KY: そうです!たまにそういうことが起こります。
DE: はぁ。面白いですね。
KY: 私の理解が間違っているかもしれませんが、例えば、ガラスメーカーが新しいガラスを開発しようとして、それが上手くいかないとすると、いくつかの理由があます。まず、品質が安定していないこと。全てのロットでちょっとずつ異なった特性を持ってたりするんですね。
DE: バラツキが多すぎて、それを細かく管理できないんですね。
KY: そう、バラツキが多すぎる。この場合、大量生産に移行できない。あと、特性が特殊すぎる...。柔らかすぎて、メーカーとしてはガラスを磨くのが難しいのかもしれない。こういうのが一例ですね。だから、評価に関しては、ガラスを提供する側として、コストが高くなる可能性があるのは問題です。また、私たちにとっても、あまりにもバラツキが多いと特性を保証できません。
光学ガラスを作るのは、科学というよりは芸術に近いように思える。2018年の初めに秋田のニコンの光ガラス工場を見学したとき、私は製造工程について多くのことを学んだ。 上の画像は、作業員が500キロのガラス溶解炉を叩いている様子を撮影した動画からのもの。溶けたガラスは大きな水槽に注がれ、「フリット」と呼ばれる小さな破片が出てくる。この記事を読めば、光学ガラスを作る工程について、もっと詳しく知ることができる。
DE: ふむ、ふむ。私にとってはとても興味深い内容です。数年前、秋田にあるニコンの光ガラス工場の見学に行ったのですが、とても魅力的でした。レンズ素材を焼鈍することで屈折率を調整できるとは知りませんでした。ガラスは溶融して鋳造され、最初は屈折率が低い状態で出てきます。その後、焼きなましをかけると、ガラスの密度が高くなり、屈折率は実際に上昇します。そのため、溶融物から出てくる屈折率にはある程度のバラツキがあるかもしれませんが、それを測定して、「よし、これは20時間の焼鈍が必要、これは15時間」というような感じで対処するわけですね。
KY: そうそう。オハラは、キヤノンの関連会社ですけど、そこはガラスを2回焼き鈍しするんです。ダブルキャスティングって呼んでます。その技術のおかげで、品質を安定させることができるんだそうです。
DE:おお、面白い。
KY:HOYAはいつも焼き鈍しは一回だけど、HOYAは技術が高いから品質が安定してると言ってますね。
DE: なるほど。
KY: だから、まあ、わからないです。
DE: ...どっちを信じればいいのか、真実は何なのか。
KY: はい。でも、確かにオハラは「ガラスの品質を均一にするために2回焼き鈍しをしている」とはっきり言っていました。
DE: ニコンがやっていることと同じように聞こえますね。ガラスは鋳造するので、そもそも応力を緩和するために一度は焼鈍をしなければなりません。その後、屈折率をテストして、応力の緩和ではなく、屈折率を変化させるために2回目の焼鈍をするというのがポイントです。
KY:ああ!なるほど。
光学ガラスメーカーは、ガラスを高温で時間をかけて焼鈍することで、ガラスの屈折率を微調整することができる。上の写真は、光工場にある大型の焼鈍炉が並んでいるところ。それぞれの炉は、人がしゃがんで座れるくらいの大きさがある。
DE: ええ、とても興味深かったです。焼鈍して屈折率が変わるのは何なんだろうと思って聞いてみたら、実際には少し密度が高くなって、乱れた分子の集まりがきっちりと並ぶことで緩やかな構成になるんだそうです。
KY: 面白い。
DE: ええ、魅力的ですね。ということは、オハラやHOYAがシグマに来て、「これは新しいガラスですが、どうですか?」と言ってくるのか、それとも最初に彼らに聞いて、「こういうのが欲しいんだけど...」と言うのか...。
KY:両方ですね。でも、定期的に打ち合わせをしてるので、いつも技術者が要望を出して、HOYAとオハラのどちらが新素材を提案するのか、どっちが先に提案するのかがはっきりしないんですよ。
DE: 鶏か卵か、いつも行ったり来たりと。ふむ。FLDは蛍石を模倣したものとされています。蛍石は非常に低分散ですが、異常分散でもありますよね?スペクトラムの一部では普通のガラスとは逆の分散になっているところもあります。
KY:FLDは蛍石とほぼ同じ特性を持っていると思います。蛍石が良いという意見をよく聞くので、蛍石を使うべきかどうかを何度か研究しました。しかし、何回も検討した結果、コストは高いがFLDと性質は同じなので、蛍石を使う理由はないという結論に至りました。
DE:そうですか。
KY:だから、もし蛍石を使うとしたら、たぶんそれはマーケティングのためだけでしょうね。私たちには蛍石とFLDの光学性能の違いはわかりませんでした。
DE: そうなんですか?うーん。さらに蛍石は扱いにくいです。非常に、本当に、ものすごく柔らかかったと思いますが。
KY: はい、そうです。
DE: そして、材料も高価ですね。
KY: とても高いです。
追記:24-70mm f/2.8の在庫はもう十分あります。
DE:3月に24-70mm DG DNの話をしていて、「まだ需要に追いつけていない」とおっしゃっていましたね。9月になった今はどうですか?
KY:そうですね、幸か不幸か4月、5月は売上が激減しましたが、従業員の収入を守るために、4月は生産を止めませんでした。ペースは落としましたが、生産停止はしなかったんです。その間に24-70mmの在庫を増やしました。結果として、今のところ納期の問題はありません。
DE: 従業員のためにできるというのは素晴らしいことですね。山木氏はいつも従業員を大切にされますが、それは本当にシグマの素晴らしい部分だと思います。
KY: そうですね、彼らは私たちの財産です。(注:山木氏は気持ちを込めてこう表現していた。彼はシグマのビジネスの成功の核は社員にあると本気で思っている。私の印象では、社員も同じように、山木氏とシグマに対する忠誠心を持っていると感じる。)
DE: シグマの新しいレンズの中で、予想以上に人気があったレンズは他にありますか?
KY: マクロレンズは意外でした。米国では、4月から6月までの期間、当社のマクロレンズの売り上げが昨年より75%も伸びました。この期間のマクロレンズの人気は非常に高かったです。
また、APS-Cでは16mm f/1.4はとても人気でした。動画配信や YouTubeで使っている人が多いと思います。いわゆるYouTuberの人たちはソニーの6000シリーズとかパナソニックのGHシリーズを使っていて、このレンズが好きな人も多いと思います。
DE: おお、16mmとはものすごい広角ですね。APS-Cにすると…
KY: そうですね、フルサイズで24mmに相当します。
追記:Sigma 56mm f/1.4 DC DNはどうしてこんなにシャープで低価格なの?
DE: 前回お話した後で、山木氏の新レンズ発表を見て、とても感銘を受けました。全部良かったのですが、特に驚いたのが56mm f/1.4 DC DNです。ものすごくシャープですよね。MTF曲線を見ても、ものすごく、とても高性能です。APS-Cセンサーは小さいので、30本/mmのラインがフルサイズでは(全体のセンサーサイズに対して)20本/mmのようなものだと思います。それでも、この手頃な価格でこの光学性能とは本当に驚きました。価格と品質を両立させるために、技術者の方々が特に工夫されたことはありますか?
KY:ふむ。まず、この56mm f/1.4はAPS-Cサイズカメラ用のf/1.4シリーズのレンズの一つです。先ほど16mm F1.4、30mm F1.4、そして56mm F1.4とお話しましたが、これはAPS-Cカメラ用レンズの「三兄弟」です。24mm、45mm、85mm相当のレンズですね。最初に30mm F1.4を発売してその後16mmを出しましたが、どちらも光学性能が高く、コンパクトでお求めやすい価格で好評を得ています。現在、シグマでは最も売れているレンズの一つです。56mmは後発のモデルなので、小型・軽量・高光学性能というコンセプトはそのままに開発するよう技術者に伝えたので、性能的にはよくやってくれたと思います。
今回発表されたシグマの56mm f/1.4 DC DNレンズは、f/1.4・APS-Cレンズ「三兄弟」の第3弾です。他のレンズは16mm f/1.4と30mm f/1.4ですが、いずれもユーザーからの評判は上々です。
DE: そうそう、アメリカでは450ドルで販売されていますが、そのレベルの光学品質にしては驚きの価格だと思います。
KY: APS-Cサイズのカメラボディの価格は非常に低いので、この価格はちょっと戦略的に付けてます。ユーザーの立場からすると、APS-C用のレンズも低価格であるべきだと思いますし。だから、この3本のレンズの価格はちょっと特別ですね。
DE:24-70mmの価格と同じ意味での戦略的ですね。以前おっしゃってましたが、シグマは意図的に通常の価格よりも低い価格を設定し、数を売ることで補っています。24-70mmの需要の大きさを考えれば、非常に賢明な設定だったように思います。
KY: そうですね。ご存じのように、レンズの部品はほとんど会津工場で作っています。だから、工場をフル稼働させていくことが一番大事なんです。多少利益率を犠牲にしても、工場を稼働させ続けることで利益が出てくるわけです。他の大手企業のように、部品の多くを他のサプライヤーから購入しているような会社では、そうはいかないでしょう。その場合は今の設定よりも価格を高くしなければならないかもしれません。利益率は犠牲にしましたが、工場を稼働させることを優先しました。
新しいAPS-C用56mm f/1.4 DC DNのMTF曲線は、米国で450ドルで販売されていることを考えると本当に優れている。
DE: そうですね、それは実際にシグマにとっても非常にうまくいっているようです。もし24-70mmの価格が今より40-50%高かったら、同じレベルの注目を浴びることはなかったでしょう。もし1,500ドルだったら「ふむ、面白い。良い買い物かもしれないからちょっと調べてみようか」と言うかもしれないです。しかし、1,100ドルだと「うわぁ、これは手に入れなきゃ!」という感じです。
他のメーカーだと、部品を100個買って一つ1000円とかだったら、200個買っても一つ980円までしか下がらないように思えます。でもシグマの場合は工場があるから、使い続けている限り値段が下がっていくんですよね。
KY: そうですね、もし他社が部品を購入する場合、それは変動費ですよね?他社はそのコストを変えることはできませんが、シグマは自社工場を持っているので固定費になります。だから作業効率を上げれば、1個あたりのコストは下がります。なので、工場を高効率で稼働させておくことはとても重要なことなのです。
追記:SIGMA 85mm f/1.4 DG DNにはSLDガラスが多く使われていますが、なぜですか?
DE: いやあ、面白いです。さて、85mm f/1.4 DG DNには本当に驚きました。ものすごいレンズが出てきたな、という感じです。最新のレンズは構成が本当に変わってきていますね。前回お話しした24-70mmにはFLDガラスがたくさん入っていましたが、85mmには一枚も使われていません。その代わりSLDが5、6枚入っていて、新しい設計では特殊ガラスをたくさん使っているようです。
前回お話ししたときに、FLDは従来のガラスよりも作業が難しく、1回の研磨ではなく3回の研磨が必要だとおっしゃっていました。SLDも同じなのか、それとも普通のガラスに近いのでしょうか。
KY: SLDとFLDを多く使うのは、単純に光学性能を向上させるのに役立つからですね。こういった高価で特殊な素材は、性能面に大きく貢献します。これらのガラスを取り扱うには細心の注意が必要ですし、追加の研磨工程も必要になります。そのため、こういうガラスの製造コストは非常に高くなります。
DE: FLDでは3回研磨しなければならないとおっしゃっていましたが、SLDも同じように研磨しなければならないのですか?SLDも似たようなものでしょうか?
KY:基本的には同じようなものです。ガラスの形状や素子の直径によっては1回の研磨で大丈夫な場合もありますが、基本的には追加の工程が必要です。
24-70mm F2.8 DG DNレンズはFLDガラスを多用しており、85mm F1.4はSLD(Special Low-Dispersion)ガラスを多用している。上図の青で示した5枚のレンズは、すべてSLDガラスを使用している。FLDガラスと同様に、SLDも従来のガラスに比べて取り扱いに細心の注意が必要で、何回も研磨する必要がある。加工にはコストがかかるが、光学的にはそれだけの価値がある。
DE: ガラスそれ自体が従来のガラスよりもかなり高価ですか?それとも製造にかかるコストが最終的に高くなるのでしょうか。
KY: そうですね、ガラスそのものが高いです。同時に製造コストもはるかに多くかかります。
DE: なるほど、製造コストが一番大きな要因だと考えてます。レンズを作るのにかかるコスト全体を考えると、原材料費がそこまで大きいとは思えません。
KY: そうですね。
追記:新しい100-400mm f/5 - 6.3 DG DNについて
DE: さて、新製品の100-400mmについてです。Imaging ResourceのDave Pardueが新しいPanasonic S5の動画レビューを行ったのですが、その一環としてSigma 100-400mm DG DNを使ってかなりの撮影を行いました。彼はレンズの性能に非常に感銘を受けていました。
特に驚いたのは、このレンズのテレ端でのシャープさです。ズームはワイド端でシャープであることが多いですが、普通はテレ端に行くにつれて、どんどん甘くなっていきます。しかし新型の100-400は、最大焦点距離まで非常にシャープな描写を維持しているように感じます。また、非常にコンパクトなので、フルサイズの100-400をここまで小型化できたことに驚きました。これらを実現するために、設計者が特に工夫したことはありますか?
KY:もちろん、光学設計者とメカ設計者は素晴らしいレンズを作ってくれましたが、この性能を実現するための技術的に特別なことは何もありません。一つ言えることは、製造能力を強化するためにシグマは絶えず努力してきたということです。数量だけではなく、品質の面でもです。ここ数年は、より精度の高い部品を作るために多くの投資をしてきましたし、その部品をより小さな公差で鏡筒に組み立てるための投資もしてきました。そのような長年の努力が、このような製品を生み出したのだと思います。
新型のSIGMA 100-400mm F5-5-6.3は感動的な性能。実際に、広角端より望遠端の方がシャープに写っているようだ。上は作例だが、これは撮って出しで、後処理もシャープネス処理もしていないことに注意してほしい。価格、サイズ、重量を考えると、これは望遠ズームの最適解と言える。また、シグマのテレコンバーターとの相性も良く、それを使えばより長い焦点距離も得られる。
DE:ああ、製造工程や公差が大幅に改善されたことで、レンズ設計の自由度が高まったということもあるのでしょうか?以前、いろいろな会社のレンズ設計者が、製造効率を上げるためには、設計の一部を妥協する必要があると話しているのを聞いたことがあります。考えてみると、生産現場での公差がもっと小さければ、設計者はもっと高性能な光学設計を追求できるわけですよね。
KY:非常に良いレンズを設計しても、製造能力が低ければ、出荷基準をかなり低く設定しなければなりません。今は、出荷時の検査基準を設計時の性能に近い、非常に高い値に設定することができます。だからこそ、多くのユーザーに品質の良さを喜んでいただいています。
新型の100-400mmは、マクロレンズとしても驚くほどの威力を発揮する。繰り返しになるが、これは撮って出しを切り取ったもので、後処理、特にシャープネス処理は一切行われていない。実際、100-400の画像は、後処理で慎重にアンシャープマスクをかけると、とても良くなる。
DE: つまり、設計者により自由が与えられ、工場が製造できる能力に制限されないようになったのかもしれませんね。
KY: そうですね。
追記:波動光学的MTF曲線と幾何学的MTF曲線はどうなっていますか?
DE: MTF曲線について一つ質問があったのですが、シグマのサイトの性能データを見ていると、「波動光学的」曲線と 「幾何学的」曲線の2つの異なるデータを発表しています。その違いは理解できますが、なぜ両方を公表するのでしょうか。他のメーカーは幾何学的曲線しか掲載していないのですが、それが理由なのか、それとも別の理由があるのでしょうか?
KY: 実は他社が何をしているかはわかりません。だからこそ、2種類のMTF曲線を公開しているのです。特定のレンズによっては、波動光学的MTFよりも幾何学的MTFの方が優れた曲線を示すことがあります。ですから、他社が幾何学的なMTF曲線を出しているのに対して、当社が波動光学的的なMTF曲線を出していると、ユーザーを混乱させてしまう可能性があります。そこで私たちは両方を公表することにしました。
DE: 例えばB社のMTF曲線をユーザーが見て「うわー、素晴らしいMTF性能だ」と言うかもしれません。けれども、そもそも違う規格を使っている可能性があるわけですね。シグマのウェブサイトには、幾何学的な曲線は非常に簡単に生成できると書いてあると思うのですが...。
KY: 幾何学的だとレンズの性能がより良く見えるようになりますね。
DE: ああ、だから、生成しやすいというだけではなくて、実際に使うよりもレンズの性能が良く見えるということですか。両方のタイプの曲線を公開することで、少なくとも競合他社がどのような曲線を公開しているのかという疑問が出てきます。
KY:そうですね。
シグマでは、レンズのMTF曲線を2種類の異なるものとして発表し始めた。しかし、他のメーカーがどちらのMTF曲線を公開しているかは不明。シグマは、2つの曲線を公表しているので、ユーザーは、実際のレンズがどのように比較されているのか理解することができる。上の図は、新型のシグマ100-400mm F5-5-6.3 DG DNレンズのMTF曲線。2種類の曲線の違いを示している。
(注:この記事を読む読者の多くは、レンズの性能を示すMTF曲線に慣れ親しんでいると思います。このグラフは通常、2本の線で構成されており、1本は白黒の線の最大コントラストに対応しており、一般的には10ライン/mmと30ライン/mmのピッチで撮像されます。10本/mmの線は一般的なレンズのコントラストに対応しており、より細い線はレンズの解像力を示しています。
多くの人の期待に反して、これらの曲線はレンズの性能を表しているわけではありません。そうではなく、レンズ構成に基づいてコンピュータで計算された数値だと言えます。MTF曲線を計算できる方法は2つあり、1つは純粋にレンズの形状に基づいたもの、もう1つは回折を考慮に入れます。
多くの人は回折の効果についてよく知っていると思います。回折は大口径で起こると思われがちですが、実は常に存在する光学現象です。
回折は、絞り開放でもレンズの性能に大きな影響を与えることがわかっています。その影響の程度はレンズの内部構造に大きく依存するので、レンズの配置だけで計算されたMTF曲線から、回折の影響を含めた実際のレンズ性能を予測するのは簡単なことではありません。回折を利用して焦点を合わせる回折レンズは例外ですが、通常、回折はレンズの性能、コントラストと解像度の両方を低下させます。
もちろん、実際のレンズ性能には回折の影響が常に含まれているので、回折の影響を含めたMTF曲線は、実際の撮影により近いといえます。
問題は、多くのレンズメーカーが、そのMTFがどちらの曲線を表しているかを公言していないことです。)
カメラ業界の様子はどうですか?
DE: 最後の質問になってしまいました。カメラ業界はどうなっていると思いますか?コロナウイルスの前だったら普通に聞けたと思うのですが、今は誰が業界の行方についてわかるのでしょうか?
2019年は大きな落ち込みでした。あまり良くないだろうとみんなが予測していたと思うんですが、全体の売り上げが急に落ちました。そのあとまた少し戻ったりしたのでしょうか?
KY:コロナウイルスがなくても、2020年は市場が縮小していたと思いますよ。おそらくコロナウイルスが問題を加速したのでしょう。ウイルスがなくても、市場は縮小すると思っていましたが、おそらく今年の終わりから来年にかけて底を打って、そのあと横ばいになるのではないかと予想しています。
昨年のレンズ交換カメラの販売台数は850万台でした。これはピーク時には1700万台もありました。なので、昨年は半分くらいですね。でも、デジタルカメラの前は、フィルム一眼レフの販売は400万~500万台くらいでした。だから、元々非常に小さな市場だったんです。なので、2000年の中頃から2010年の初めまではある種のブームだったと思うんですけど、それが正常に戻ったということでしょうね。。
DE: うーん。
KY: たぶん500万から600万台くらいが安定した数字だと思います。スマートフォンのおかげで、より良い写真を撮りたいという人が増えてきて、その中には高級カメラを買いたいという人もいます。ですから、デジタル一眼レフの市場規模は、おそらくフィルム時代の一眼レフよりも大きいと思います。フィルムカメラに比べてコストが非常に低いこともありますし。
DE: そうそう、フィルムよりもはるかにコストが低い、それは良い点です。今では、自分の写真がすぐに見れるようになりましたし。かつては36枚撮りのフィルムを撮影しても、何も写ってなかったことがあったのを覚えています。
KY: (笑)
DE: それは良い点だと思います。フィルム時代は、製品の寿命が非常に長かったこともありました。同じカメラを10年とかそれ以上ずっと使って撮影していましたよ。デジタルになって、技術の進歩に伴い、常に新しいものを買うようになってしまいました。でも、今の感覚では、カメラを手に入れる人のサイクルは5年くらいの周期に戻ってきているような気がします。
KY: うーん。
DE: でも、それは良いことだと思います。コロナウイルスが落ち着けば、もう一年は減少するかもしれませんが、その後は安定するでしょうね。
以上が質問の全てです。とても楽しめました。いつも質問は少ししか用意しないのですが、インタビューが始まると、質問するより多くの返事をしてもらえます。毎回とても楽しいです。ありがとうございました。
KY:こちらこそありがとうございました。
まとめ
いやあ、説明することがたくさんあります!ここでは、簡単に要点を挙げてみたいと思います。
COVIDに関しては、シグマは垂直統合型の生産体制を採っており多くの部品を自社で生産しているので、ほとんど影響を受けていません。また、日本の東北地方の山間部に工場を構えていることもあって、この地域はウイルスの影響をほとんど受けていません。
製品に目を向けて、まずFoveonセンサーの話から始めました。Foveonセンサーを搭載したフルサイズカメラの開発は、延期することになりました。この決断には2つの要因があります。1)現行のフルサイズセンサーに設計ミスがあったこと、2)センサーチップを製造するための新しい製造会社に変更したことです。
フルサイズセンサーがいつ利用可能になるかは決まっていませんが、現在、地理的にもすぐ隣に製造会社があることはFoveonのスタッフにとっても朗報のように聞こえます。
画期的な超小型フルサイズLマウントカメラのSIGMA fpは、日本での販売が非常に好調で、全体的に計画通りに売れているようです。興味深いことに、ライカのMマウントからLマウントへのアダプターを使う、Mマウントレンズのユーザーが日本での販売の多くを牽引しているようです。
また、山木氏は、fpは静止画・動画の両方向けと考えているそうです。私の中では、どちらかというと動画ユーザー向けと思っていたのですが、それは欧米的な捉え方だそうです。日本でのユーザーの大半は静止画を撮っていますから。
シグマの最新レンズについては、3月の会話でも、9月の追記でも話しました。前から言っていることですが、今はレンズ設計の黄金時代であり、写真家にとってこれ以上の時代はないと思います。ここ数年のシグマの製品群、特に最近発表されたものはその証拠たりうるでしょう。
シグマの新しい24-70mm F2.8 DG DN(DGはフルサイズレンズ、DNはミラーレス用の「Designed New」を意味する)はその代表的な例です。ものすごい性能で、おそらく市場で最高の24-70/2.8であり、例えば競合するソニー製の半分の価格で買えます。FLD(Flouride-like:蛍石相当)光学ガラスを多用したことでこの性能を達成できましたが、価格は設計上の工夫と山木氏の戦略的な決断によるものです。
設計の面では、担当エンジニアがシグマの製造スタッフと密に連携して、光学品質の確保と製造可能性を追求しました。そして、山木氏は、レンズを製造するための設備投資と価格設定を「戦略的」に行いました。これは、高い売上が必要な強気の価格設定をしたということです。最終的にこれは非常に賢明な判断であったとわかりました。レンズの需要が事前の予測をはるかに超えてしまい、シグマはその需要に追いつくために懸命に働く必要がありました。これは写真家にとっては、非常に喜ばしいことです。というのも、非常に高品質な24-70mm/2.8ズームを、破格の価格で手に入れることができるからです。
インタビューの中で驚いたのは、山木氏が「APS-CイメージサークルのLマウントレンズを開発する予定です」と言っていたことです。現在、APS-Cセンサーを搭載したLマウントモデルがないことを考えると、不思議な感じがしました。山木氏の説明によると、APS-Cレンズはフルサイズよりもずっとコンパクトで、高解像度のセンサーではAPS-Cでも十分使えて、コンパクトで解像感のある組み合わせになるとのことです。それも一理あります。Lマウントアライアンスはフルサイズカメラのイメージが強いマウントです。しかし、ニコンのZ50のように、APS-Cセンサーを搭載したボディを発売することはあながち間違ってないのかもしれません。
続いてレンズ技術の話に戻ります。24-70mmは驚異的な量のFLDを使っています(6枚以上がFLD)。FLDの恩恵で生産性が向上したのではないかと思ったのですが、どうやらその逆のようです。FLDの方がレンズの製造が難しいことがわかったので、これだけのFLDを使うことにしたのは、純粋に光学性能のためでした。問題は、FLDは非常に柔らかい素材なので、傷がつきやすいということです。一般的な光学ガラスのレンズは、基本形状が決まれば1回の研磨で済むのに対し、FLDは3回の研磨が必要です。もちろんレンズの両面をそれぞれ別々に研磨する必要があります。
そのため、FLDの研磨には、従来の材料に比べて3倍の時間がかかります。しかし、このような製造の難しさにもかかわらず、シグマは生産ラインの改善と検査に多く投資をしており、24-70mm F2.8 DG DNを他社よりも安い価格で販売することができています。
また、光学ガラスについて、シグマとガラスメーカーとの関係についても少しお話を伺いました。ガラスメーカーといえば、新しいガラスを作ってレンズメーカーに提供しているだけだと思っていました。実際は、シグマとガラスメーカーとの間では、非常に多くの共同作業が行われています。大手と比較して小さな会社であるシグマの方が、リスクを冒して新しい光学ガラスを積極的に試しているので、他社よりも先進的なレンズ設計を行うことができるのです。
追記では、シグマが今回発表した新レンズの中で、価格帯の割に非常に高性能なレンズをいくつか挙げてみました。どのレンズに対しても同じような疑問を持ちました。すべてのレンズの性能が非常に優れているので、エンジニアはそれを達成するために何か特別なことをしたのではないかと思ったのです。しかし、実際は特に変わったことは何もありませんでした。少なくとも根本的に性能を変えるような新しい技術のようなものは何もなかったです。
その代わり2つの要因があると考えています。第一に、シグマは製造技術や治具に莫大な投資を継続的に行ってきたため、新しい光学部品を製造する際の精度が格段に高くなっています。これは、設計目標に近い性能が量産品でも出せているということです(シグマは自社開発した検査装置を用いて全数の光学検査を実施しています)。このおかげで光学技術者はかなりの自由度を持って設計できます。製造性のために妥協を受け入れなければならないのではなく、設計者がより多くの限界に挑戦することができるということです。
第二の要因は、これらの新しい設計の多くに最先端のガラス(FLDやSLD)が使用されていることです。シグマの技術者は、光学ガラスメーカーとの連携を密にして、より高い特性を持つガラスを開発しています。山木氏からは、新しい高機能ガラスをレンズに配合することにはリスクがあることを説明してもらいましたが、シグマは小規模な会社でありながら、目的を絞った開発を重視しているため、大手の競合他社に比べて、リスクを積極的に引き受けています。
また、幾何学的MTF曲線と波動光学的MTF曲線の違い、なぜシグマがレンズのMTF曲線を公開し始めたのか、その理由についても分かりやすく説明していただきました。幾何学的なMTF曲線だけで計算されたMTF曲線は、レンズの設計の特性によっては、実際のレンズの性能を正確に予測できるかどうかわかりません。他社のMTF曲線が波動光学的の影響を含めて計算されているかどうかはわからないので、シグマは両方の曲線を公開することで、より正確にレンズの性能を実感してもらい、他社との比較検討をしやすくしているそうです。
最後に、山木氏は、レンズ交換式カメラ市場の長期的な展望は、慎重ではあるものの楽観的に考えているようです。山木氏は、かつてのフィルム一眼レフの販売台数が400万~500万台程度であったことを踏まえ、デジタル時代には500万~600万台程度で横ばいになると考えています。交換レンズカメラは2019年に850万台を販売しているので、市場が横ばいになるまでにはまだ少し道のりがありますが、山木氏の考えは私の考えとも一致しています。コアな写真愛好家市場は長期的に安定して存続し続けるということです。
今回の山木氏との対談は(実際には2回に分けての対談でしたが)、いつものようにとても興味深いものでした。最高責任者として並外れた能力を持っているだけでなく、シグマの製品や計画、技術について率直に語ってくれます。私の質問に時間を割いてくれただけでなく、率直に答えてくれた山木氏に感謝しています。
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