シグマCEO山木社長インタビュー(Fotografia 2014)(その2)

(その1の続き)


-先日シグマは150-600mmというズームレンズを2つのラインで発売すると発表しました。これはなぜですか?

山木:そもそも今回のプロジェクトは既存の150-500mmを更新するものとして開始しました。そして、開発のゴールは望遠端を600mmまで伸ばすことでした。同じスペックのままだと似たようなレンズにしかならないからです。

望遠端を600mmに伸ばしつつ、二つのゴールを達成しようと考えていました。一つは高い光学性能です。もう一つは、レンズをコンパクトにすることでした。前モデルの150-500mm500mmのズームとしては比較的コンパクトなレンズなので、同じようなレンズを作りたかかったのです。

しかし、実際に設計している段階で、周辺の色収差がどうしても大きくなってしまうことがわかりました。これを上手く消すのはとても難しいのです。もちろん、そんなに大きな収差ではないのですが、レンズサイズを小さくしようとすると、この周辺の収差は消せないことがわかりました。

この問題について開発メンバーが何度も議論したのですが、エンジニアの結論は、色収差を減らすにはレンズを大きくする以外に方法はないということでした。しかし、そうすると、最初に掲げたゴールの一つである「コンパクトな望遠ズームレンズ」は作れなくなってしまいます。

私自身、どうすればいいかとても悩みました。何週間も考え、最終的にプロジェクトを二つに分けることを決断しました。一つ目は周辺の色収差も極限まで減らした、最高の画質を目指したレンズです。もう一つは画質とサイズ、重さ、価格のバランスを取ったレンズです。

実際にこの二つのレンズは中心を見る限りではあまり大きな違いはありません。周辺の色収差だけが違います。画質を追求したいユーザーにはスポーツラインをお勧めしますし、バランスの取れたレンズが欲しいユーザーはコンテンポラリーラインを選んで欲しいですね。

-最新のデジタルカメラはボディ側で軸上色収差や倍率色収差、歪曲などを補正しています。レンズには収差を残し、カメラのほうでそれを補正することについてどのように考えていますか?

山木:ボディでの補正は選択の一つだと思います。画質を向上させるために有効な技術の一つでしょう。しかし、私個人としては、レンズそのものから得られる画質が良いものであるべきだと考えています。

そもそも、シグマは互換レンズメーカーです。なので、私たちのレンズにはカメラの補正は自動的に適応されません。シグマのレンズで撮られた画像を補正するには画像編集ソフトを使わなければならないので、ユーザーの中には煩わしいと思う人もいると思います。これが一つ目の理由です。

もう一つの理由は、レンズの寿命はカメラのそれよりも長いのです。今のカメラはほとんど完全なデジタル機器です。一眼レフはまだ機械部品を使っているのでデジタルとアナログの融合と言えるかもしれませんが、大部分はデジタルです。

デジタル機器の寿命はどんどん短くなっています。例えばデジタルカメラは2~3年ごとに買い換えられるようになっています。しかし、レンズの寿命はカメラよりもずいぶん長いです。もし解像度の高いレンズを使っていれば、新しいカメラボディでも使い続けることが出来ます。したがって、可能な限り高性能なレンズを提供していくことは、将来のことを考えてもとても重要な事だと思います。

レンズはユーザーにとって大事な資産です。将来、写真にとってレンズはカメラよりももっと重要なものになっていくと思っています。レンズの寿命はカメラよりも長いので、品質をもっと重視していく必要があります。

-シグマにとってもっとも重要な製品はデジタル一眼レフ向けのものだと思いますが、ミラーレスカメラはどうなのでしょうか?シグマは現在マイクロフォーサーズソニーEマウントをサポートしています。フジフィルムやニコン1、キヤノンMなどをサポートしていく予定はありますか?

山木:ミラーレスカメラの存在感は今後も増していくと思います。シグマも常にミラーレス用のラインナップを拡充させようと努力しています。本当は可能な限り多くのマウントをサポートしたいと思っています。レンズ製造会社として、多くのマウントに向けたレンズを作るのは、私たちの使命だからです。

しかし、私たちの開発リソースは限られています。現在やらなければならないことがたくさんあります。もっと高性能なレンズを作ることや、製造効率を上げていくことなどです。新しいマウントをサポートするのにはとても時間がかかりますし、開発リソースも必要になります。従って、私たちのユーザーはどのような人たちなのかということを、見極める必要があるのです。

繰り返しになりますが、シグマは現在レンズを日本国内だけで製造していますので、コストは高いです。それゆえ、私たちはシグマユーザーを「写真愛好家」だと判断しています。写真に真剣に向き合っている人たちに向けて、製品を作っています。もし、ラインナップを拡充するとしたら、そのような真剣な写真家に向けたものになるでしょう。ミドルクラスからハイエンドのミラーレスカメラに向けた製品を作っていくことになると思います。

-ハイアマチュアやプロの中にもミラーレスを使っている人はいます。そのような人たちに向けた製品を作っていくということでしょうか。

山木:そうですね。その予定です。

-シグマは新しくマウント交換サービスを開始しました。これまでどれくらいのユーザーがこのサービスを利用したのですか?

山木:具体的な数字を言うことは出来ないのですが、今のところ、このサービスを利用した人はごく僅かです。マウント交換サービスは新しいグローバルビジョンのレンズでしか使えないので、アート、スポーツ、コンテンポラリーの各ラインを合わせても、それほど多くの種類のレンズがあるわけではありません。また、新ラインのレンズは発売して間もないですから、マウント交換をした人はとても少ないです。しかし、将来的にはもっと多くのユーザーがこのサービスを利用すると思います。

そもそもこのサービスを開始したのは、最近の傾向として、あるマウントから別のマウントに完全に切り替えるユーザーや、キヤノンニコンソニーなど、複数のマウントを維持しているユーザーがいることに気づいたからです。これは新しいトレンドだと思います。20年から30年前のフィルムカメラの時代には、ユーザーは一つのシステムをずっと使い続けていました。しかし、今はあるシステムから別のシステムに移行することが多くなっています。

先ほども話しましたように、私たちはできるだけ長くユーザーにレンズを使ってほしいと思っていますので、このサービスはユーザーのためになると判断しました。

-将来のレンズには、どのような新しい技術が使われていくと思いますか?新素材やナノ技術、非球面レンズの生産方法、新しい機械部品など、どのような技術が今後レンズに取り入れられていくと考えていますか?

山木:私たちは常に新しい技術を製品に取り入れるようにしています。現在では、そのような技術を使わなければ、高性能なレンズを製造することは出来ません。将来は、高性能なレンズを作ることは、今まで以上に難しくなっていくと思います。カメラは今後も解像度がどんどん上がっていくでしょう。カメラはデジタル機器なので、多くのメーカーがより高解像なカメラの開発を続けていくと思います。

しかし、レンズのことになると、これは全く別の話になります。レンズはアナログ機器なので、劇的な性能の進歩ということが起こりにくいのです。これを克服するためには新しい技術を取り入れていくしかありません。個人的に、レンズに使われる技術というのは革新的な変化は起こらないと思っています。それよりも、既存の技術を改良して、少しずつ改善、向上していくものです。部品の誤差を減らしていき、レンズ研磨をもっと精密に行い、より高い精度で組み立てる。このような地道な作業が、高性能レンズの製造には大事になってきます。

-つまり、これまで全く存在していなかった技術が、レンズそのものを全く変えてしまうという、そのようなことは起こらないのでしょうか。

山木:私の知る限りでは、少なくとも今後数年はそういうことはないと思います。

例えば新しい試みとして、プラスチックレンズというものがあります。特性がガラスとは違うのでいろいろな可能性があるのですが、実際に使用するのは難しいです。私たちのレンズは様々な自然環境で使用されているのですが、気温はマイナス20度から50度まで様々です。しかし、プラスチックレンズは気温の変化に弱いのです。

また、液体レンズというものもあります。これは20年以上昔からずっと議論されてきたのですが、表面の精度を出すのがとても難しいです。

今の時点では、レンズの素材そのものはガラスを引き続き使用し、そこに新しい技術を使っていくのが現実的だと思います。

-液体レンズは比較的新しい技術です。カメラのレンズ以外で使われる可能性はあるのでしょうか?

山木:液体レンズそのものはとても興味深い技術だと思います。長年に渡り話題になってきました。しかし、実用化には解決しなければならない問題がたくさんあります。高い精度を要求する製品で使うにはもっと時間が必要だと思います。

しかし、精度が必要でないに製品には、液体レンズを使うことは可能だと思います。例えばスマートフォンのカメラや、初心者向けのカメラなどです。個人的に、新しい技術はまずエントリーレベルの新しい製品から使用される事が多いと感じています。そのような製品は多少のリスクがあっても大丈夫ですから。

そうやって新しい技術を使った製品が上手く行って、多くの製品に利用可能になったあとで、ようやくハイエンド製品がその技術を採用する傾向が強いです。つまり、高級機は新技術を最後に使うことが多いのです。