CP+2015 シグマインタビュー「大きな工場・小さな事業所」(その1)

元記事:CP+ 2015 Sigma Interview - "small office, big factory"

今年(2015年)のCP+ではシグマを含む主要なカメラ会社の重役たちにインタビューする機会を得た。今回のインタビューではシグマCEOの山木和人氏に、高画素化時代におけるレンズ生産の課題、シグマの「大きな工場・小さな事業所」という哲学、シグマ製カメラの開発を続ける理由、などについて話を聞いた。



シグマCEO山木和人 横浜のCP+会場にて


―シグマのアートシリーズのレンズは例えばキヤノンニコンの同スペックのレンズよりも光学的な性能が上です。しかし値段は低く抑えてあります。どうしてこのようなことが可能なのでしょうか?

山木:可能な理由はいくつかあります。まずシグマは比較的規模の小さな企業です。従って、大きな会社と比べて経営に必要な人員は少なくて済みます。これが父の「大きな工場・小さな事業所」哲学です。つまりシグマは会社運営そのものを非常に少数の、無駄のない人員で行い、大量のエンジニアチームを持っているということです。

私も父の方針を引き継いでいますから、シグマの運営に関わるコストは非常に少なくなっています。これが一つ目の理由ですね。二つ目の理由は私たちは生産をほとんど自社の工場で行っているからです。もし他社から部品を仕入れたらそのコストを支払わなければなりません。シグマは可能な限り全部を自分たちでやろうとしています。

―シグマは売れ筋商品よりはハイエンドな商品により集中しているのでしょうか?

山木:経済的な理由でシグマはハイエンドな商品に集中する必要があります。私たちはすべてのレンズを日本国内で生産しています。円は以前よりも安くはなりましたが、依然として中国や他のアジア諸国で生産するより製造コストは高いです。しかし、これはハイエンド商品を生産する理由の二つ目なのですが、単に売れ筋商品を作るよりも、ハイエンド商品を作ったほうが喜びが大きいからなんですよ。

―ハイエンド商品を作ったほうが利益が大きいのでしょうか?

山木:それはものによりますね。例えばいくつかのハイエンド商品の利益率はあまり大きくはありません。売れ筋商品との一番大きな違いは、ハイエンド商品に高い価値を付与すると、消費者がそれを受け入れてくれて対価を払ってくれるということです。それに対して売れ筋商品で最も重要視されるのは、単にどれだけ安いか、ということなんです。

―シグマは高級でプレミアムなブランドになろうとしているのでしょうか?

山木:私の夢はシグマをそういう意味での高級ブランドにすることではありません。シグマは高品質な商品を手頃な価格で提供する会社でありたいと思っています。しかし、品質に関して言えば答えはイエスです。シグマは高性能な製品を作る会社だと認識されたいですね。

―過去には作れなかった高性能な製品を作ることができるようになった技術的な革新みたいなものは何かあるのでしょうか?

山木:数十年前と比較したら、当然のことながらコンピュータの発展が大きいですね。光線の動きをトレースする計算時間がはるかに短くなりました。その結果、設計者が何通りもの光線のパターンを試せるようになったのです。私が入社した頃は一つの計算に30分かかっていたものが、現在では1分以内でできます。これが最も大きな違いですが、これは他の会社でも同じことです。

会津にあるシグマ設計部の技術者。コンピュータで新しいレンズの設計を行っている。


もう一つの要因はシグマの工場です。私たちの工場はレンズ研磨について言えば、とても高い生産能力を持っています。レンズ設計というのは常に制限との戦いなんですよ。例えばサイズや重さなどのスペック的な制限だったり、手ブレ補正を組み込む必要があったり、工場の生産能力だったりします。

例えばあるレンズの形状が工場で研磨ができないものだったら、その設計は諦めなければなりません。しかし、シグマの工場は高度な生産能力を持っていますから、複雑な形状であっても生産することが可能になります。

―シグマが設計にコンピュータを使い始めたのはいつ頃なのでしょうか?

山木:私もわからないのですが、かなり昔のことだと思います。おそらく30年前とかそれくらいでしょう。当時のコンピュータは計算にとても時間がかかったので、導入したことで状況が一変したということはなかったようです。当時の設計者は良いレンズを作るのに直感と経験に頼っていました。それゆえ、異なったレンズを設計するのにも、既存のレンズの設計を元にするなど、決まったやり方に従わざるを得ませんでした。しかし今日では計算がとても速いので設計者はあらゆる方法を試して実験することが出来ます。

また、現在の設計者は過去の設計を参考にすることも出来ます。カメラ産業にはレンズ設計に関する巨大なデータベースがありますから、あるレンズを作ろうとしたら、どの設計が向いているのか、あらかじめ調べることが可能です。

―シグマは異なるマウントに向けてレンズを生産していますが、ピント精度の問題にはどのように取り組んでいるのですか?

山木:私たちはカメラのファームウェアを変えることは出来ませんが、レンズのファームを変更することが出来ます。ユーザーがボディとレンズをシグマに送ってもらえれば、私たちの方でピントを調整することが可能です。しかし、これには時間がかかるので多くのユーザーが敬遠しがちです。その代わりとして、USBドックによるピント調整ができるようになっています。例えばカメラボディでピント調整をすると、焦点距離や被写体との距離にかかわらず全て同じ変更が適応されます。しかし、USBドックを使えば被写体との距離や焦点距離に応じてそれぞれ最適な調整が可能になります。

―ちゃんと調整すればピントはものすごく良くなるんですが、例えば被写体との距離が4ヶ所、焦点距離が4つだとすると、合計で16ものパターンでそれぞれのピントを合わせなければなりません。これはかなり大変です。シグマではこの調整を自動化したり、補助機能をつけたりする予定はありますか?

山木:それは簡単ではないですね。もちろん、ユーザーの中にはこのやり方を好まない方もいるでしょうから、もっと良い方法を提供しなければならないと考えています。ピントに問題があるユーザーには、まずカスタマーサポートに連絡を入れて欲しいです。サポートの方でピントを調整できますから。

―レンズ設計で最も困難なことは何でしょうか?

山木:様々な困難がありますが、現在の最大の問題はカメラの高画素化ですね。画素数は将来的にもっと増えていくと思いますが、高画素化時代に対応していける会社はそれほど多くないと思います。


キヤノンの新型5Dsと5DsRは5000万画素センサーを搭載している。
山木氏によるこのカメラで使うことが厳しいレンズは相当数に上るという。


―アートシリーズの単焦点レンズをキヤノンの新型5Dsで使ったとしたら、十分に解像するという自信はありますか?

山木:そう思います。もちろん絞りにもよると思いますけど。しかし、シグマの新型24mm F1.4レンズは現在市場に出ている同焦点距離のレンズの中で最高の性能であると自負しています。もしこのレンズが5Dsで使えなかったら、他に使えるレンズは世界中どこにもないということです。

―シグマのA1システムについて教えて下さい。

山木:A1はシグマが独自に開発したMTF測定器です。これは内部にフォビオンセンサーを使用しています。A1を開発する前は市販のセンサーを使用したMTF測定器を使用していましたが、これはレンズの検査に必要なだけの解像度がありませんでした。そこで、フォビオンを使用した測定器を開発しました。現在では全てのグローバルビジョンのレンズがA1で検査されています。

ソニーαのフルサイズのような、非常にフランジバックの短いマウントでは、レンズ設計が困難になったりするのでしょうか?また、シグマがフルサイズのα用にレンズを作っていないのはこれが理由なのでしょうか?

山木:それはないですね。私たちはミラーレス用のレンズラインナップを増やしたいと思っています。単に優先順位の問題です。

―現在の優先順位について何か教えてもらえますか?

山木:一眼レフが最優先です。とりわけ、キヤノン用とニコン用ですね。一番多くのユーザーがこのマウントを使っていますから。次がミラーレスです。ソニーのFEマウントはその次ですね。


シグマの新型dp0は焦点距離21mmのレンズを持つ。山木氏によると、カメラj事業が赤字でも開発によって得られる知識と経験が、交換レンズを開発する時に非常に貴重なものになっているという。


―先ほど言及されましたフォビオンに関連した話なのですが、シグマはつい先日、新しいDPシリーズのdp0を発表しました。正直に言うとシグマのカメラは売れ筋商品であるとは言い難いと思います。現在のニッチなカメラであるという状況に満足されていますか?それとももっと多くの人に売れるようになってほしいのでしょうか?

山木:単にビジネスとして考えると、もちろんもっと売れて欲しいですね。しかし、私たちはシグマのカメラのユーザーがどういう人達なのかよくわかっています。他社のカメラとは異なったカメラを作らなければなりません。もしシグマのカメラが他のメーカーのものと似たようなものだったらユーザーにとってメリットは何もないですから。シグマのカメラを使ってる人たちというのはそれほど多くはありませんが、彼らが求めるものをわたりたちは理解しているつもりですし、そういう意味ではdp0というのはシグマユーザーにとって完璧なカメラだと思います。私たちの優先順位は既存のシグマユーザーが欲しがるような製品を作ることです。ユーザーの数を増やしていくのはその次ですね。

―レンズ事業と比べてカメラ事業でどれほど収益を上げているのか教えてもらえますか?

山木:カメラ事業は全く利益を生み出していません。特にセンサーの開発には多大な費用がかかりますから、それを計算に入れるとカメラ事業は常に赤字です。厳密にビジネス的な観点で見ると、カメラ事業をやるメリットはありません。しかし、主に二つの理由から出来る限りカメラ事業を続けていきたいと思っています。

一つ目の理由は、カメラメーカーになるということが私たちの夢だからです。これは父が長年追い求めていた夢でもありました。二つ目の理由は、カメラ事業を続けることで多くの技術的な知識と経験を蓄えることができるからです。これが良いレンズを作るのに大きな助けになります。私たちのカメラは現在市場に出ている中でも最も高解像度のカメラの一つですから、そのカメラの性能を満たすために高解像度のレンズを作る必要があるのです。このことが結果として他マウント用レンズの性能向上にもつながります。また、センサーの画像処理用に独自の画像処理エンジンを作る必要があったのですが、その経験があったので独自のMTF測定器の開発もできました。

―ということは、最近のシグマレンズの高い性能というのはカメラ開発の賜物であるということでしょうか。

山木:そうです。カメラを作ることによって、あのような高性能レンズを開発することができるようになったと思います。ビジネス的な観点で見たらカメラ事業に意味はないかも知れませんが、メーカーとして必要な技術的知識・経験を蓄えるためと考えると、完全に理にかなっています。