CP+2015 シグマインタビュー「大きな工場・小さな事業所」(その2)

(その1の続き)


―シグマの24-105mm F4が製造終了になったという噂が以前ありました。この噂はもちろん真実ではなかったですが。このレンズは期待した通りの性能になりましたか?

山木:私自身は標準ズームとしてこのレンズの性能に満足しています。標準ズームというのは広角から標準、望遠までカバーしているので設計が一番難しいものなんですよ。特に望遠と広角とでは、求める設計が全く異なります。従っていくつかの面である程度妥協せざるを得ませんでした。

24-105mmは標準ズームとしては良い性能になったと思っています。市場に出ている他のレンズと比べて突出しているというわけではないんですが、まあ十分良いだろうと。生産終了の噂が出たのは、十分な数を供給することが出来なかったからです。最初にこのレンズの需要を予測したのですが、私たちとしてはそれほど売れないだろうと判断し、大量に生産できる体制にはしなかったのです。しかし、ある時点で在庫が全て売り切れてしまい、突然大量の注文を抱えることになってしまいました。しかし、そこから生産を再開できるまでには4ヶ月かかります。

―このレンズのように需要が比較的少ないレンズは、順番に特定の期間だけ生産していくということなのでしょうか?

山木:そうです。人気のある35mmや50mm、売れ行きの良いズームレンズなどは通年で生産をしています。しかし、余り売れ行きの良くないレンズの場合は3ヶ月間、あるいは4ヶ月間といった一定の期間だけ生産しています。


シグマのアートシリーズのF1.4単焦点は現在24mm、35mm、50mmの3つの焦点距離からなる。35mmと50mmは圧倒的な光学性能を持つが、24mmもこの流れに乗った高性能レンズになると予想される。


―シグマは高性能を追求していますので、結果としてレンズのサイズは大きくなります。例えば品質とサイズを妥協したレンズを作ることに興味はありますか?

山木:それはコンテンポラリーラインですね。このラインのレンズは大きさ、重さ、値段、性能のバランスを取ったものです。もちろん安かろう悪かろうみたいな製品ではありませんが、どこかで妥協点を探ろうとしています。アートシリーズはまず性能が最優先です。サイズや重さ、値段はその次です。

―例えばソニーのFEマウント用ツアイス55mm F1.8などは小型軽量で性能も申し分ないです。もしアートシリーズをこのマウント用に作るとするなら品質とサイズのバランスが異なった、例えばより小型のレンズを作る可能性はありますか?

山木:そうですね。そのような製品を作ることに興味はあります。しかし、私たちがレンズを作るのは他社の製品と異なった新しいものを作りたいから、という理由もあります。ソニーが既に小型で手頃な価格の55mm F1.8を作っているのだとしたら、どうして同じものをもう一つ作る必要があるのでしょうか?しかし、例えばですがF1.4とF1.8には大きな違いがありますから、私たちが作るならF1.4にするか、全く別の何かを作るかでしょうね。

―アートシリーズの次はどのような製品になりそうでしょうか?

山木:基本的な方針は、可能な限り最高の性能を、ということです。もう一つの目標は、これまで市場に存在していなかったような、全く新しい製品を作ることです。例えばですが、キヤノンの11-24mmは衝撃的ですね。性能も素晴らしいです。値段もかなりしますけど。


キヤノンの11-24mm。世界初の11mmをカバーするフルサイズ用広角レンズ。シグマは広角ズームという領域にもう一度チャレンジするつもりのようだ。

―シグマがグローバルビジョンのレンズに超広角ズームを入れる可能性はありそうですか?

山木:そうですね。そうしなければなりません。私たちは広角ズームのパイオニアであると自負しています。70年台にシグマが作った21-35mmは世界初の広角ズームだったと記憶しています。その後も18-35mm、17-35mm、15-35mm、12-24mmと開発を続けました。シグマは常に広角ズームの記録を更新し続けてきたのです。しかし、キヤノンはシグマのスペックを超えました!私たちは新しい製品を投入する必要があります。

―多くの広角ズームは前玉のサイズもあってフィルターを付けることが出来ません。これは問題だと捉えていますか?それともフィルターの重要性は下がってきているのでしょうか?

山木:いや、フィルターは大事です。私たちとしてもフィルターを装着できるレンズを作りたいと思っています。しかし、物理的に難しいことが多いです。光はとても広い角度から入ってきますから。しかし、ユーザーはフィルターが装着できたほうが良いと考えているでしょう。

―ユーザーから次のアートシリーズはこうして欲しいという要望は来ていますか?

山木:一番多いのが24-70mm F2.8ですね。その次がマクロ、そして14-24mmといった広角ズームです。

―シグマは10年後にどのような会社になっていると思いますか?

山木:未来を予測するのはとても難しいですね。しかし、写真は100年以上もの歴史がありますから、仮に市場が縮小したとしても写真愛好家は10年後もいるだろうと思います。なので、シグマはそういった愛好家やプロの写真家のために高性能なレンズを作っているでしょうね。




【編集後記】

私たちdpreviewは機会があるごとに山木氏にインタビューするようにしている。というのも、氏のカメラ産業に対する見識や、困難に直面していることを認める率直さは、経営者のコメントとしては非常に稀だからだ。

このことの理由の一つに、氏がシグマという稀有な会社のCEOであることも影響しているだろう。比較的小規模な同族経営の会社であり、材料を国内から調達し、国内の工場一箇所だけで生産している。これまでのインタビューで山木氏は、現在の品質を維持できないほどの規模まで事業を拡大する気は全くないと宣言してきた。このCP+でのインタビュー後に私自身も会津工場を訪問する機会を得たが、先代の言う「大きな工場・小さな事業所」哲学を実際に目にすることが出来た。2011年の大震災の後で、シグマは地震の僅か二日後に限定的ながらも生産を再開することが出来たが、これもシグマが材料の調達先を地元を中心に行っているからだろう。他の会社はもっと複雑な仕入れ方法を採っているので、通常の生産体制に戻るまでにもっと多くの労力が必要だった。

シグマは、しかしながら、別の意味で高級ブティックのような会社と言える。シグマのレンズの中には需要がとても多いものがあるにも関わらず、生産量を増やすことをしていないからだ。山木氏は新型の24mm F1.4は現在の市場で最高のレンズであると自信を持っていたが、私自身その言葉を疑う気はない。しかも、市場価格で10万円を切る。このレンズの需要はたいへん大きなものになると予想される。シグマが今後も多くのレンズを開発し、販売していくのだとしたら、シグマは今まで以上に生産能力を拡大する必要に迫られるだろう。しかし、そうなると山木氏の「大きな工場・小さな事業所」哲学を維持していくのは困難になるのではないだろうか?その結末がどうなるのかは、その時が来ないとわからないだろう。

これまでのインタビューからも、山木氏は長期的な視野で物事を判断していることがわかる。正直言って、シグマのカメラ事業が赤字だという話を聞いても私自身全く驚きはなかった。しかし、カメラ事業を継続する理由には感銘を受けずにはいられなかった。シグマのdpシリーズの強みは、その圧倒的な高画質である。そのようなカメラを作る経験が、シグマの交換レンズの性能向上に寄与していることには、疑問を挟む余地はない。それはセンサーについても同様である。カメラ市場ではフォビオンセンサーは一般的なベイヤーセンサーに全く太刀打ち出来ていないが、シグマカメラのファンには受け入れられているし、シグマは自身でフォビオンを搭載した「A1」MTF測定器を開発することが出来た。

このインタビューから何を知ることができるだろうか?一つは、シグマが自社の哲学 ― 会社運営やマーケティングよりも技術開発に価値がある ― に依然として重きを置いているということである。二つ目は、シグマは今後も売れ筋商品やOEMではなく、高性能レンズに注力していくということである。また、市場に存在していない全く新しいレンズを今後も開発していくということだ。三つ目は、より利益の出る製品であるレンズの性能向上に役立つのなら、シグマはカメラ事業が赤字であっても気にしないということである。

最後に、山木氏は標準ズームと広角ズームの領域で、タムロンキヤノンニコンに真っ向勝負をする気だろうということだ。特にキヤノンの11-24mmは氏の注意を惹いたようである。アートシリーズにフルサイズ用の10-20mmがラインナップされる日が来るというのも、あながち間違いではないのかもしれない。