シグマ製レンズの品質の鍵がここに? A1システムの全貌を紹介する(その1)



シグマの新しいグローバルビジョンラインのレンズの特徴の一つは、仕様通りの性能が出ているか全てのレンズの光学性能を機械で検査していることである。シグマはその検査装置を自社で開発した。シグマの一眼レフ、SD1に搭載されているフォビオンセンサーを、このセンサーとして使用している。この装置はシグマの生産工程の鍵であり、製品のばらつきが少なくなることによってユーザーにも大きなメリットがある。しかし、その詳細についてはずっと謎に包まれていた。

それが、今回初めて明らかになった。

2013年の8月に、私はシグマの会津工場を見学する機会を得て、そこで見たものを詳細なレポートにまとめた。私の知る限り、日本の生産ラインをあそこまで詳しくレポートしたものは過去に前例がない。工場見学のレポートで書いた内容が良かったからか、CP+2015のあとで会津を訪問した時、A1検査システムを詳しく見せて欲しいという私の願いを、シグマCEOの山木氏は聞き入れてくれた。そこで見聞きしたことを全て公開するわけにはいかないが、氏はA1の写真とその運用に関する説明を公表することを許可してくれた。

A1はとても興味深いシステムだ。生産ラインから流れてきたレンズの全てをA1で検査しているというのは驚くべきことである。いくつかのカメラ・レンズメーカーは製品の一部を100%検査していると思うが、多くの検査は光学投影方式で行われているので、合格か不合格かの基準は検査する人間の判断によってわずかに変化する可能性がある。それに対してA1では、許容範囲はMTFの数値によって絶対的に決められており、レンズの撮影範囲内を複数箇所検査することによって合否が判断される。私の知る限り、このような方法でレンズを検査しているのは業界でもシグマだけである。

以下の記事ではA1システムの写真やその構造、運用方法を紹介していく。驚くべきことに、シグマはこの時点で60台以上のA1を生産ラインで使用しており、現在も新しいA1を作り続けている。A1をゼロから始めて一つ完成させるのに2週間ほど時間がかかるそうだが、同時に2台以上A1を開発できるかどうかは不明である。


これはA1とその開発者である石井正俊氏の写真である。石井氏はA1を開発する前はシグマの本社でレンズ設計者として勤務していた。A1の稼働開始以降は会津若松に異動し、工場とレンズ設計者の橋渡しをする仕事をしている。


これがA1の全体写真である。写っているのはA1の開発者である石井正俊主任。彼は生産技術部に所属している。A1システムは標準的な傾斜エッジターゲットを使って撮像範囲の複数箇所でMTF値を測定している。中央と周辺とでは異なった数値が基準として設定されている。また、サジタル方向と軸上方向の数値の比も測定される。5つの測定箇所のうちどれか一つでも基準を満たさなかったり、全体的なMTF値が不足していたり、サジタル方向と軸上方向の数値に差がありすぎたりすると、そのレンズは調整に戻される。もし、調整しても基準を満たさなければ、そのレンズは破棄される。

なんてもったいない!と思われるかもしれない。十数万円ものレンズが、周辺の画質が基準よりちょっと甘いというだけで破棄されるのだ。これが機械による全数検査に伴う強みであり、悲哀でもある。コンピュータは「このレンズはほんのちょっと足りないだけだから目を瞑って通過させてやるか・・・」などということは絶対に言わないのだ。合格か不合格か、2つに1つしかない。

シグマはA1以前にもコンピュータを使用したMTF装置を使用していたが、そのセンサーは解像度が低いわりに高価なコダック製のものだった。山木社長も石井氏もそのセンサーの具体的なスペックを覚えていないそうだが、センサーサイズはAPS-Cよりも小さかったという。従って、フルサイズ用レンズを検査するためには5つのセンサーを撮像範囲内に配置する必要があった。また、そのセンサーはベイヤータイプだったので、現行のA1で使われているフォビオンセンサーよりも空間解像度が低かった。

シグマはこれまでに生産した全てのグローバルビジョンのレンズの検査結果をデータベースに保存しており、このデータには全世界のカスタマーサポート部のスタッフがアクセス可能である。したがって、もしあるユーザーが「左側のピントが甘いんだけど」と連絡してきたら、サポートはデータを調べて製造時点での数値から経年変化による劣化なのか、それとも使用中、あるいは輸送中に何かがあったからなのか、判断をすることができる。

個人的に実際に検査で撮影した画像も保存しているのか気になった。長期的な生産性の分析に役立つのではと思ったからだが、シグマによると画像は保存していないという。測定数値を記録しておくだけで十分だそうだ。


A1システムの端末部。キヤノンマウントの24mm F1.4 Artレンズが装着されている。容易に想像がつくことだが、このシステムに求められる部品の精度は極めて高い。装置全体は分厚い金属の板で作られている。レンズの下からぶら下がっているケーブルはマウントを経由して本体とつながって情報をやりとりしている。


私が特に興味深いと思ったことは、A1が最適値を中心にしてフォーカスをブラケットさせて検査をしていることだ。このことによって、偏心しているかどうかを調べることができる。まず最適なフォーカスで撮影し、その後、バックフォーカスとフロントフォーカスの撮影をすることで、偏心が発生しているか確認できる。最適なフォーカスで撮影をすることで、設計通りの数値が出ているかどうかは確認できるが、さらにフロントフォーカスとバックフォーカスを調べることで、レンズの性能が全体としてどうなのか、判断することができる。もちろん基本的には、画像の両端の数値が大きく異なっていれば、偏心が発生している証拠にはなる。これは、特に説明を受けたわけではないが、ある部分のフォーカスの問題から、どのレンズエレメントに問題があるのか判断できるのではないかと感じた。

ズームレンズの場合は、A1はズームの両端の数値だけを測定している。これは、レンズの両端で数値に問題がなければ、その中間で問題が発生することはほとんどないことが理由である。

以前にも言及したように、A1はレンズの性能を測定するのにAPS-Cサイズのフォビオンセンサーを使用している。フルサイズ用のレンズを測定する時には、超高精度で動作する機械部がセンサーを動かして、フルサイズ用の撮像範囲をカバーする。下の動画はセンサーが動く様子を撮影したものだ。



フルサイズ用の撮像範囲をカバーできる


グローバルビジョンの誕生とともにA1が使われるようになってから4年が経過した。石井氏によると、最初にA1のアイデアが浮かんでから開発が終わるまで1年かかったという。A1の開発で最も困難だったことの一つは、SD1のセンサーがAPS-Cサイズだったことだという。しかし、検査装置がフルサイズをカバーすることは絶対条件だった。そのためには、フルサイズ用の撮像範囲を中央から周辺まで、センサーを配置した基板を動かす必要があった。石井氏は詳細までは説明しなかったが、許容範囲の非常に小さい精密な部品を使って装置を組み立てることで、完璧な平面移動を達成するというのが基本的な考えだ。シグマは既に1ミクロン以下の違いを測定できるデジタル検査装置を持っていた。A1のセンサーを動かす制御部分を組み立てた後で、それを検査装置の中に入れ、完璧な平面が出るように微調整を行うことが出来た。


A1センサーユニットの前にあるのがレンズが取り外された状態のキヤノンEFマウント用アダプター


APS-C用レンズの検査には約40秒かかるが、フルサイズ用はセンサーをフルサイズ用に移動させる必要があるので60秒から65秒かかる。個人的にフルサイズ用でもそれほど多くの時間がかかるわけではないことを知って驚いた。

これはニコンF用のアダプターである。アダプターはステンレス鋼で出来ており、がっしりとした作りのマウントを介して、検査装置に取り付ける。レンズアダプターは基準値に完璧に合うように作られており、センサー基盤もマウントに完全に水平になるように配置されている。これは以前会津工場を訪問した時に撮影したものによく似た並行を検査する装置によってチェックされている。


A1システムは複数のレンズマウントに対応しなければならない。また、マウント形状だけではなく、焦点距離や絞りなどの情報をやり取りする電気信号にも対応していないといけない。これを解決するために、A1装置そのもののフランジバック、つまりマウントの先頭からセンサーまでの距離は、非常に短いものとなっている。そして、そのA1のマウントに、各レンズ用に長さや電気系統を変えたマウントアダプターを装着する。

上の写真で石井氏の手にあるのがニコンFマウント用のアダプターである。この写真ではマウントがA1に取り付けられている。リボン状のケーブルはA1の制御装置と繋がっており、コンピュータがレンズと情報をやり取りするのに使われる。


この写真はA1のモニターの一部分を撮影したものである。財産権の関係でスクリーンの右側が写っていないが、そこにはMTFの数値と、検査されているレンズが基準を満たしているかどうかが表示されている。A1には2つの動作モードがある。一つは、製造用で、生産工程から上がってきたレンズを素早く検査するのに適している。もう一つは研究開発用で、フレームの中の任意の場所で、様々な種類の検査をすることができる。

A1には研究開発用のモードがあるという話を聞いて、レンズ開発におけるA1の役割がどのようなものなのか疑問を抱いた。A1を使うことでレンズ設計ソフトでは見つからないような問題が明らかになるのだろうか?もしそうだとしたら、シグマの光線追跡用のソフトはモデリングが十分ではないか、あるいは試作品を使って実際に測定する必要があるのだろうか?

シグマによると、設計ソフトがレンズの性能をシミュレートできないというわけではなく、工場で生産されたものが、設計上の水準をどれだけ満たしているのかを調べる必要があるのだという。言い換えると、ソフトで設計された数値を確認するのが目的ではなく、ガラスや金属、プラスチック部品のそれぞれが、どれだけ正確に要求を満たしているのかを検査しているのだ。


シグマCEOの山木和人氏は、会津若松にあるシグマの工場がシグマの成功の鍵を握っていると考えている。山木氏とその父は何年も前に、部品供給網全体を日本に置くという戦略的な決断をした。これは一部の生産コストの上昇に繋がるが、工場の従業員の技術レベルを高いままで維持することが出来、部品供給元の品質管理を高いレベルで行うことができる。山木氏によると、シグマに就職した社員のほとんどは他社に行くことがないという。グローバルビジョンラインのレンズのように高スペックのレンズを作るのには従業員の技術が必要不可欠であり、シグマは高性能レンズに必要な高い製造能力と開発能力を備えている。


今回の訪問でもっとも重要なことだと私が感じたことは、シグマはレンズ設計者と工場の生産現場との距離をできるだけ近くするよう、多大な努力をしている、ということである。その例の一つ、A1システムの開発者である石井氏は、元々はレンズ設計者であった。彼はA1の開発後に会津に異動し、工場と本部の開発者との調整役として働いている。

シグマCEOの山木氏は、レンズの性能がソフトで設計された理論値にできるだけ近づくよう工場に働きかけているという。A1システムが欠陥を見つける度に、シグマは生産工程を見なおして、より良い製品を作るよう改善を続けているのだ。