シグマ製レンズの品質の鍵がここに? A1システムの全貌を紹介する(その2)

(その1の続き)


以下はA1と開発者の石井氏の役割について、山木氏にインタビューしたものである。

デイブ・エッチェルズ(以下DE):石井氏はA1を設計し開発しただけでなく、レンズの製造工程にも関わっているのですか?

山木:そうです。実際に彼がA1の責任者に指名された時には、東京にある本社で光学設計者として働いていたのですよ。A1を生産現場で使用し始めた時、私は彼に会津に異動するよう頼みました。なぜなら生産能力を上げることは非常に重要だからです。そうでなければ、仮に良い設計をしても低い生産能力のせいで品質の基準を下げなければいけなくなります。私の理想は設計した数値に非常に近い品質基準を維持することです。開発ソフトによって導き出される理論値に、製造水準を引き上げたい。これは非常に困難なことですが、これが出来なければ高解像度カメラで使用されるレンズを作ることは出来ません。例えば8Kのようなカメラには非常に高性能なレンズが必要です。

DE:8Kというのは主に動画や映画で使われる概念ですから、そこに言及されるというのは興味深いですね。8000x4500ピクセル(3600万画素)の16:9や8000x6000ピクセル(4800万画素)の3:2がそれに当たります。

レンズ開発というのは、例えば設計者が「これが図面です」と言ってデータを開発部門に渡して、石井氏が「これ作るんですか。品質基準に合うようにどうやって作ろうかな?」と具体的な製造方法を決めていく、という感じなのでしょうか?

山木:そうですね。レンズの設計と同時に品質基準も決めています。製造前に試作品を作りますから基準をどれくらいにすれば良いのかわかります。

DE:許容範囲がどれくらいかもわかると。

山木:そうです。

DE:以前お話を伺った時に、製造困難という理由で工場がレンズの設計を拒否することがあると言われていたのを思い出しました。しかし、シグマでは工場が設計を拒否することはほとんどないとも言われました。実際に話を聞くまでは、そういうケースがあるという考えがそもそも私にはなかったんです。レンズ設計者が図面を渡して、工場がそれを見た後で「これを製造することは出来ない。こんなもの作る方法がない」と言って却下することがありえるのですね。

山木:石井はそういう役割も担っています。本部のレンズ設計者が設計を終えようとすると、その設計図は石井に送られます。彼はそれを見て、生産量に悪影響が出る要素がないか確認します。レンズ設計者も生産量を予測できますけど、石井はレンズの組み立てや部品の精度も調べます。そして工場がそれを製造できるかどうか判断するのです。

DE:つまり、彼はいわゆる感応度分析も行っているのですね。

山木:そうですね。感応度分析です。

DE:感応度分析というのは、設計された部品のそれぞれが許容範囲の最大値、あるいは最小値を取った時に、品質にどのような影響が出るのかを調べる作業を含みます。これは非常に骨が折れます。というのも、それぞれの部品が最大値・最小値を取った時の組み合わせを全てチェックしなければならないからです。調べる部品の数が増えれば確認しなければならない組み合わせは階乗的に増えていきます。もし部品が二つなら組み合わせは最大値と最小値のそれぞれを合わせて合計で4パターンになります。もし部品が3つなら2の3乗で8パターン。部品が10個なら1024通りもの組み合わせになります。レンズの場合、例えば控えめに12枚のエレメントからなるレンズでも、一枚のエレメントは二次元ではなく三次元的に考えなくてはならないし、回転することも考慮に入れなくてはいけません。非常に複雑な作業です。この分析を行って製造の判断をするにはレンズ設計と製造工程を深く理解していなければなりません。

石井氏は製造工程も理解していますから、「このエレメントは実際に製造するとこれくらいの数値になるだろう」ということが言えるわけですね。その後にシミュレーションを行い、製造に影響が出るかどうか判断をすると。

山木:そうです。しかし、工場が拒否するケースが増えると高性能なレンズが作れなくなって、面白みのない製品ばかりになってしまいます。こうした場合は彼が新しい企画を始め、製造能力を向上させたり、レンズ配置の新しい方法を考えたりします。

DE:ということは、設計図が来て、工場が「これは作れない」と拒否した時、石井氏が「これとこれとこれが原因でレンズが製造できない」と判断し、それを克服するための方法を考えるわけですね。

山木:そうですね。

DE:これはとても大変な仕事のように感じます。

山木:そうです。笑い事ではなく、設計者と工場の間の人間関係が円滑であることは非常に重要なんですよ。もし工場の人間が設計者を嫌ってしまったら、どんな設計でも拒否されてしまいますから。

DE:なるほど。「またアイツか・・・」みたいなことは起こって欲しくないですよね。

山木:社内がそういう状況になると、会社の状態も非常に危うくなります。本社にいる設計者と、工場の技師たちとの人間関係はとても大事なんですよ。

DE:ということは、石井氏は工場を代表して設計者とやり取りするような立場なのでしょうか?

山木:今の立場ではそうなりますね。特に彼はレンズ製造の開発に携わっており、特に光学性能の責任者です。彼の部署には他に機械部品を主に担当している社員もいます。



まとめ

かつては安価な初心者向けのレンズ製造で有名だったシグマだが、ここ数年で高性能レンズで世界をリードする企業に変貌を遂げた。るグローバルビジョンレンズは自社製のA1レンズ検査装置によって自動的に品質が検査されており、その中でも、50mm F1.4 Artや18-35mm F1.8はとりわけ大きな成功例と言えるだろう。高性能レンズには品質のばらつきが付き物だが、全数をデジタル的に検査されているグローバルビジョンレンズは、その品質においても業界随一なので、ユーザーは安心してよいと思う。

A1システムはシグマのレンズ製造において、もっとも重要な所有財産の一つだが、その詳細や、写真を読者に提供する許可を与えてくれた山木氏に感謝したい。

他のメーカーへ:私たちイメージング・リソースは所有財産に関する情報をこれまでも非常に慎重に取り扱ってきました。つきましては、貴社の製造工程を読者と共有する機会を提供したいと思いますが、いかがでしょうか?