フォトキナ2012 山木社長のプレゼンテーション(その1)


司会者
「紳士淑女の皆様、私はシグマドイツのマルコ・ハーンです。本日はフォトキナ2012にお集まりいただきましてありがとうございます。今日はシグマCEOの山木和人から皆様にお伝えしたいことがあります。

私はここで二年に一度皆様とお会いするのですが、タイムスリップをしたような感覚に襲われます。フォトキナは私たちドイツ人にとってとても大きなイベントです。私たちは今日のために1年前から準備をしてきました。それがあと数時間で開幕するのです。

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前回のフォトキナはシグマドイツにとって忘れられないものでした。今回と同じ場所に素晴らしいブースを作り、7メートルの巨大スクリーンを使ってSD1の発表を行うことができました。

本日はこれからシグマCEOの山木和人がシグマの未来について、皆様にお話をいたします。今夜はおそらく、シグマの新時代の幕開けとなることでしょう。この場を借りて日本のシグマのスタッフと、シグマドイツのスタッフに感謝の言葉を述べたいと思います。シグマドイツのスタッフはこのイベントのために大変な努力をしてきました。何人かのスタッフは今現在疲れきっていると思いますが、明日の開幕をスタッフ全員が楽しみにしています。

今夜お集まりいただいた皆様にはフォトキナと、ドイツのもてなしと、たくさんのノンアルコールビールを楽しんでいただきたいと思います(笑い)。

それではシグマCEOの山木和人に交代させていただきます。ありがとうございました」

山木「(マイクスタンドが高すぎるのを低くして)これが日本人用のサイズです(笑い)。

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紳士淑女の皆様、今晩はお集まりいただきまして誠にありがとうございます。フォトキナの期間は皆様も大変お忙しいと思いますので、来ていただきましてとても感謝しています。

私たちはこのフォトキナに向けて毎年新しい製品を紹介してきました。しかし、その話をする前に、少しお伝えしたいことがあります。

シグマの創業者であり、初代CEOの山木道広は今年の1月18日に日本の東京で逝去いたしました。

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彼は多くの人と知り合い、優れた経営手腕を発揮し、たくさんの事業を手がけてきました。生前の山木をご存知の方々には、そのご厚誼に対し心からの感謝を述べさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

山木をご存じない方々もおられると思いますので、この場をお借りしまして、シグマ社の歴史を簡単にご紹介させていただきたいと思います。

山木道広は1956年に大学を卒業しました。在学中から家族を養うために、いくつかのレンズメーカーで働いていました。彼は卒業後小さなレンズメーカーに就職したのですが、それまでの経験が買われ、すぐに会社の重役の一人になりました。若年にもかかわらず、彼の知識と経験は抜きん出ていました。

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残念ながら、この小さなレンズメーカーは数年後に倒産してしまいました。彼はコンサルタントとして、供給会社を助けるようになり、多くの組立会社を供給会社に紹介しました。この事業は最初はとてもうまくいきましたが、長続きはしませんでした。次第に供給会社は彼自身の会社を作るよう頼むようになりました。そして1961年、山木道広はシグマ研究所を設立しました。

彼が会社を作ったのは自分のためではなく、供給会社を助けるためでした。彼は生前こう言っていました。『付き合いのあった会社を助けるために作ったシグマがこんな50年も続く会社になるとは、想像もしていなかった』と。

会社が最初に作った製品の一つがリアコンバーターレンズです。このレンズ登場以前は、フロントコンバージョンレンズしか世の中に存在していませんでした。リアコンバージョンレンズはレンズとマウントの間に挟むことができるので、レンズのフィルターサイズにかかわらず、どんなレンズにも使うことができました。

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もう一つは、一つのマウントから別のマウントに変更できるレンズマウントシステムです。シグマはこれをYSマウントと呼びました。これはヤマキ・システムを略したものです(笑い)。

残念ながら、山木はこれらの製品の特許を取るのを忘れていました(笑い)。彼はこれらの製品で大きな利益をあげることはできず、製品のアイデアも他のメーカーに次々と真似されてしまいました。彼の考案した製品は世界中にあっという間に広まりました。これは、山木にとって一番最初にカメラ産業に貢献した出来事でした(笑い)。

今から約一年前の2011年9月13日、シグマの創立50周年記念パーティーが開かれました。しかし、その3ヶ月前、彼の肝臓にがんが発見され、闘病のためにたくさんのエネルギーと体重を失いました。正直に言うと、私は彼にパーティーに参加するのをやめるようアドバイスしましたが、彼は聞き入れませんでした。

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パーティー中の彼の表情を見るととても幸せそうです。今では私も彼がこのパーティーに参加してよかったと思っています。ここでもう一度、このパーティーに参加された方に対して感謝の言葉を述べさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

彼は私の父であり、そして師でもありました。私は彼から多くのことを学び、多くの刺激を受けてきました。偉大な経営者である彼の情熱をプライベートで、あるいは仕事を通じて間近で見ることが出来たのは、とても幸運だったと思います。

現在のシグマCEOとして、私がやるべきことは彼の目指したものをこれからも継続していくということです。

カメラは彼の目指したものの一つです。ここで簡潔に最近のシグマのカメラ事業について紹介したいと思います。

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今年の7月に、革新的な4600万画素の高級コンパクトカメラDP2 Merrillを日本で出荷し始めました。このカメラは日本の写真愛好家にとても好意的に受け止められ、最初の出荷はすぐに店頭からなくなってしまいました。あまりに熱狂的に受け入れられたので、7月から8月にかけて大変品不足の状態が続きました。また、出荷後にユーザーの皆様から受けた反応はとても良いものでした。

先週から日本で広角バージョンのDP1 Merrillの出荷を始めました。市場の反応はとても良く、最初の出荷はほとんどユーザーの手に渡ったようです。今後も世界各地に出荷していきますので、なるべく早く世界中の写真愛好家の手に渡るよう努力していきます。

さて、ここで新製品の紹介をしたいと思います。詳細に移る前に、まず現在のデジタル一眼レフと交換レンズ市場について概要を確認したいと思います。

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2012年はデジタル一眼レフとミラーレスカメラに大きな変革のあった年でした。おそらく皆さまの多くが納得していただけると思います。とても解像度の高いカメラが続々と登場しました。私たちのSD1もこの中の一つです。また、基本性能のとても高いカメラや、高画質なミラーレスカメラも数多く発売されました。

しかし、レンズはどうでしょうか?

私たちからすると、レンズにはボディほど大きな変革が起こっていないように見えます。いくつかのレンズは旧態依然としたままで、より高い性能を求めるユーザーの欲求に応えることができていません。もちろん、良いレンズも中にはありますが、それぞれの写真愛好家にとってベストのレンズを見つけることはとても難しくなっています。

『良い写真は、良いレンズでのみ撮ることができる』

これが私たちの考えです。

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世界一のレンズ製造会社として、私たちには良いレンズを作らなければならないという責任があると思っています。そして、世界中の写真愛好家のために、何が良いレンズなのかをわかりやすく伝え、レンズを選ぶ手助けをする必要があると考えます。

私たちはこの問題について深く考えました。

そして、最高のレンズをお届けするために、次の三つの課題に取り組む必要があると結論付けました。

・最高の設計

・最高の品質管理

・最高の製造

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まず、最高の設計についてお話したいと思います。

最高の設計をするにはまず、才能があり、経験豊かなエンジニアが必要です。シグマには既に才能と経験を持つエンジニアがたくさんいます。

次に明確な製品のコンセプトが必要です。明確なコンセプトのない製品が多くの人に届くことはありません。多くの人に届かない製品というのは往々にして、欠点はないけれど特に長所もない、ということが多いのです。

それゆえ、私たちは既存のすべての交換レンズを、3つのラインに再編することにしました。

今からこの3つのラインについて説明したいと思います。