フォビオン・ストーリーズ(1) シリコンワイヤー・ニューラルネットワーク



20世紀最大の発明と聞いて何を思い浮かべるだろうか?

飛行機や原子力など、その後の社会を大きく変貌させたものが思い浮かぶかもしれない。その中の一つにトランジスタがある。

トランジスタの発明によって、大量の真空管と配線からなる巨大な計算機が、小さなマイクロチップとなった。マイクロチップはコンピュータや家電製品に組み込まれ、今の私達の生活を支えている。

情報の伝達はシリコンを通じて行う。金属配線(メタル・ワイヤー)では微細化に限界があるからだ。シリコンそのものを配線として使うシリコン・ワイヤーによって、チップ上にナノレベルの回路とトランジスタを形成することができ、マイクロチップはさらに小さくなった。

マイクロチップを多数搭載した計算機同士も、今やシリコンを原料とする光ファイバーによってつながれている。世界は巨大なシリコンによるネットワークに覆われており、そのネットワーク上を電気信号が絶え間なく行き来しているのだ。



このシリコンネットワークの発達に、別の可能性を見出した科学者がいた。彼は、トランジスタを微細化し、チップ上に数百万、数千万と大量のトランジスタを生成できれば、それ自体が人間の脳に近い構造と機能を持つことができるのではないかと考えた。

シリコンによる脳の再現が可能ならば、シリコンによる人間の感覚も再現が可能なはずだ。そう考えた科学者は、世界を覆うアナログな事象を、デジタルな電気信号に変換するプロジェクトを開始させた。

その研究から生まれたのが、触覚を電気信号に変える装置であり、視覚を電気信号に変える装置である。

前者はシナプティクスという会社から、タッチパッドとして製品化され、今では世界中のノートパソコンやスマートフォンに使用されている。

そして、後者の研究から生まれたのが、網膜上で最も解像度の高い中心窩(Fovea)から名前をとったフォビオニクス、後のフォビオン社である。フォビオンのユニークな構造は「人間の視覚をシリコン上に再現する」という、科学者のビジョンがあって初めて、世に出ることが出来たのである。



フォビオンが製品化されるまでには様々な物語がある。

高いビジョンを持つ科学者が、豊かな経験を持つ技術者が、高度な知識を持つ研究者が、あるいは、大きな野心を持つベンチャーキャピタリストが、そして自社製品の生き残りを模索する企業経営者が、それぞれの情熱と叡智を持ち寄り、実現させた、それがフォビオンセンサーである。

そこには数多くの成功と、挫折と、出会いと、そして別れとがある。


その数多くの物語を、これから紹介していきたい。



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