裸のセンサー - ローパスフィルタのない時代 -(その2)




さて、これまで書いてきたことは全て、ベイヤーパターンのカラーフィルタを使用している場合に起こることだ。そもそも最初から色モアレが発生しないカメラを使えば、このような問題に煩わされることもない。フォビオンセンサー開発の背景にこのような考えがあるのは明白だろう。

今の時点では、フォビオンセンサーにはいくつか弱点があるということを、多くの人が知っている。しかし、フォビオンセンサーはローパスフィルタを使用していないということだけではなく、色モアレが発生しないということに注目している人は、それほど多くはない。一つの例外を除いて(後述する)、ローパスフィルタがなく色モアレが出ないというフォビオンの特徴に、対抗できるカメラはないだろう。

正直に話せば、私がこれまでテストしてきたフォビオンセンサー搭載のカメラは、色再現の正確さや高感度の画質について、いくつか問題を抱えていた。しかし、それでもなお、私はフォビオンが作る画像の色彩や、階調や、繊細さに、心を動かされたことが度々あると言わざるを得ない。

フォビオンにはいくつか弱い部分があるが、その技術に否定できない強みがあることも、また確かなのである。フォビオンで撮られた写真を見て、その画質の美しさに思わず声を上げてしまったことも幾度となくある。もちろん、これはただの個人的な感想なのかもしれないが、人の心に訴える画質というのは、確かにフォビオンの長所の一つだろう。




そんなことを考えているうちにニコンD800Eが発表になったのだが、詳細を聞いて私は興奮を隠しきれなかった。ニコンによると、D800Eは「ローパスフィルタの働きをなくした」フィルタを付けているだけだという。これは一見奇妙な表現だが、何らかのフィルターを付けなければいけない実用上の理由があるのだろう。

問題なのは、ローパスフィルタの効き目が実際にはどれくらいなのか、ということだが、これはテストしてみないとわからない。もしD800Eが他のローパスフィルタなしのカメラのように機能したら、その画質は素晴らしいものになるだろう。ニコンは賢明にも、公式サイトでD800Eを使うことでモアレが発生する可能性があるということを、ユーザーに対して警告している。ライカM9やデジタルバックを使うときにもモアレには注意しなければならないので、これは当然のことだ。

ニコンがD800によって、ローパスフィルタの有無を選べるようにしたのは大きな第一歩である。モアレのリスクはあるが高解像な画像が欲しい人はD800Eを選べるし、多少解像度が落ちても、モアレのリスクがゼロかほとんどないカメラが欲しい人はD800にすればいい。これ以上何を望めばいいのだろうか。私はニコンの革新的な対応に喝采を送りたい。

D800Eの登場によって、SD1の値下げが無意味になったと考える人がいるかも知れないが、それは間違いである。SD1はローパスフィルタのない高解像の画質を保ちつつ、色モアレとも無縁なのだ。D800Eは公式サイトを見るかぎり、このふたつを同時に達成することはできていない。

私の知る限り、D800Eに限らずベイヤーパターンを持つカメラは全て、ローパスフィルタのない高解像と、色モアレのない画像を両立できないのだ。SD1とD700の両方をテストした経験から、D800Eはおそらく実用面でSD1をはるかに凌ぐ性能を示すだろう。高速な動作、良好な色再現性、高感度性能、動画撮影、多くのRAW現像ソフトへの対応、より多くの交換レンズ、等々。けれども、まだ実機をテストしていないので、これはあくまでも私の推測である。

今の時点ではSD1とD800Eの比較については、モアレに関してのみならず、画質についてもコメントをするのは適切ではないだろう。それに、写真家によってはそれぞれの好みの違いから、どちらをより評価するのかも変わってくる。レンズ、カメラ、画質、様々な要素の中で、何に最も重きをおくのかは人それぞれだ。

そして、その中には画質にこそ最高の価値を見出す人もいる、ということである。そのような意味で、SD1にどのような欠点があろうとも(実際にいくつか欠点があるのは確かなのだが)、その画質が何者にも代えがたいと思う人は、迷わずSD1を選ぶだろう。

値下げ後に手に取りやすい価格になったこともあり、フォビオンの画質がいかなるものか、自分自身で確かめる人がたくさん出てくるに違いない。シグマはおそらくこの文章を読んでいるだろうから、ここでもう一度念を押したいのだが、SD1の色再現性をもっと向上させることと、早くAdobeと協力してLightroomで現像できるようになることを、強く望む。理想を言えばフェーズワンと協力してCapture Oneにも対応して欲しい。




さて、とても興味深いカメラの発表があった。フジフィルムのX-Pro 1だ。私はまだこのカメラをテストしていないので、一体どんな画質なのかはわからない。フジによると革新的な技術を採用しているそうだ。X-Transと呼ばれるカラーフィルターは、配列パターンが通常のベイヤーとは違っており、モアレの発生を低減するので、ローパスフィルタが必要ないという。

もしこれが正しければ、同じくローパスフィルタがなく色モアレも発生しないフォビオンセンサーにとって脅威となるかもしれない。フジはフォビオンとは異なる方法で、ローパスフィルタをなくしつつ色モアレを軽減できたとするが、実際にどれほどの性能を示すことができたのかについてはいささか疑問がある。ともあれ、フジが新しい技術に挑戦したことに関しては素直に賞賛したい。




しばらく前までは中判デジタル以外でローパスフィルタのないカメラを選ぼうと思ったら、シグマかライカM8/M9しか選択肢はなかった。コダックの一眼レフとライカのデジタルバックは、残念ながらもう生産されていない。

しかし今では、極めて短期間の間に数多くのローパスフィルタのないカメラが発表されている。リコーA12マウント、シグマSD1 MerrillDP1/DP2 Merrill、フジX-Pro 1、そしてニコンD800Eである。これらにライカのM9/M9Pを加えると、実に7種類ものローパスフィルタのないカメラが市場に出ることになる。もちろん、わずか7種類といえるかもしれないが、これらの機種は個性豊かであり、デジタルカメラの将来を占う上でも、とても重要な流れだと、私は思う。

このエッセイのタイトル「裸のセンサー」は、もちろん、少々大げさな表現だ。これらの機種はそれぞれマイクロレンズや赤外線フィルタ、カラーフィルタなど、様々なものがセンサーの表面にかぶせられている。センサーはむき出しとは程遠い状態なのだ。

しかし、ローパスフィルタをなくすか、あるいはD800Eのように効き目をなくしたフィルタを使うことで、レンズから届く画像を損なうことなしに、画像を記録できる。言い換えれば、これらのカメラはレンズの描写により忠実な画像を生み出すことができるのだ。このことは、デジタルカメラの進歩の中で、極めて重要な意味を持つと、私は思う。