裸のセンサー - ローパスフィルタのない時代 -

元記事:The Naked Sensor

by シーン・リード



一年ほど前のことだ。私はミカエル・ライヒマン、ニック・デブリンと共に、ニューヨーク市にあるジェイコブ・ジャビッツ・センターのカフェテリアで昼食をとっていた。私たちがそこにいたのは毎年開かれるPDNフォトプラスショーに参加するためだったのだが、その時の話題は「どのカメラが一番面白そうか?」というものだった。

「自分はフジフィルムのX100だね。フジはX100でライカを追い越そうとしてるんじゃないかな」と私は言った。ここで私が言いたかったのは、フジはライカX1の対抗機を発表したというだけではない。マニュアルコントロールができ、ファインダーを備えたX100は、ライカMの雰囲気を残しているということだ。とりわけファインダーの形状はライカMを思い出させる。ライカMの「M」はドイツ語の"messsucher"から来ており、これは「レンジファインダー」を意味する。X100はレンジファインダー機ではないが、そのファインダー性能は素晴らしいものだ。

その後、私たちの話題は、X100がローパスフィルタを備えているかどうか、そして、もし使っているのならどれくらいの効き目があるのか、に移っていった。ライカM8やM9にはローパスフィルタはない。私自身も数年前からずっと、ローパスフィルタを使わないことで得られるメリットについて議論してきた。その日の昼食の会話で私は、そう遠くない将来、もっと多くのローパスフィルタを持たないか、効果が極めて薄いカメラが登場するだろうと予想した。

私の考えでは、ローパスフィルタはデジタルカメラのポテンシャルを著しく損なう部品の一つだ。私はかつてツァイスのZFレンズを、ニコンD700キヤノン1Ds MkIIIにアダプターを使ってそれぞれ装着してテスト撮影を行なったことがあるが、その時にはっきりとローパスフィルタの効き目の違いを認識した。

全く同じレンズを使用しているのに、何度撮影しても1Ds MkIIIの画像のほうが解像度が高いのだ。もちろん、1Ds MkIIIは2100万画素で、D700は1200万画素という違いはある。しかし、根本的な違いは画素数ではなく、ニコンが効き目の強いローパスフィルタを使い、キヤノンが効き目の弱いローパスフィルタを使っているということに思い至った。他のプロ写真家と同様に、私自身もローパスフィルタの効果については知識を持っていたが、それがどれほど写真に対して影響を持つ重要な要素かということに、私はその時ようやく気づいたのだ。

ローパスフィルタは高周波の細かな画像をぼやかすことで、ベイヤーパターンの演算から生まれる画像の乱れを軽減する働きがある。その乱れの中でも最も顕著なのが、モアレである。モアレという言葉はもともとフランス語で、特徴的な模様を持つ生地の名前だ。そして、特定のパターンを持つ生地をローパスフィルタのないベイヤーセンサーのカメラで写すと、モアレが頻繁に現れる。私はライカM8とM9でよく写真を撮るので、このことについてはよく知っている。

コダックはDCS14nなどの一眼レフにローパスフィルタをつけていなかったし、ライカも解像度を落とすようなフィルタを好まないのか、ライカR用のデジタルバックやM8/M9のようなレンジファインダー、そして最新のS2にもローパスフィルタはつけていない。



イカコダックのセンサーを使い、ライカコダックの両方ともローパスフィルタを使わなかったのは、おそらく偶然ではないだろう。ライカに直接尋ねたことはないのだが、おそらく試作段階のデジタルモジュールにはローパスフィルタはついていたのではないだろうか。

しかし、その後、ライカのレンズ部門から、せっかくのレンズの解像度を落とすものを付けることに、強い反発があったのではないかと推測する。ライカのレンズはとても高価だが、それは長い時間と開発費をかけて、高性能なレンズを作っているからだ。ローパスフィルタによって、そのレンズの解像度を落とすのを認めることは、ライカにとって屈辱以外の何者でもなかったのだろう。私はライカの決断を非難することはできない。

もちろん、ライカ以前にローパスフィルタを装着しないカメラがなかったわけではない。コダックの一眼レフ以外にも、中判デジタルバックは、基本的にローパスフィルタを付けていない。何千ドルもするフェーズワンP65のような高価なカメラを使っていながら、どうしてわざわざレンズの解像度を落とすようなものを付けなければならないのか、ということなのだろう。

リコーGXR A12 Mマウントユニット


最近のローパスフィルタなしカメラの流れを語る上で、リコーGXRのA12 Mマウントユニットは欠かせない。GXRのボディに装着して使うこのカメラモジュールは、大きく二つの特徴がある。まず一つは、マウントユニットは単にMマウントのレンズが装着できるというだけではなく、マクロや他のレンジファインダー用に作られたレンズが実用的に使えるよう設計されているということ。そしてもう一つは、私がリコーに以前から要求していたことなのだが、センサーにローパスフィルタが付いていないということだ。

つい先日、私は二つのミラーレスカメラ、NEX-5nとGXR A12マウントを使って、扱いの難しいレンジファインダー用レンズがどう写るかテストを行った。NEXにはフォクトレンダーのアダプターを使ってレンズを装着した。それぞれのカメラが、レンズ周辺部でどのような描写をするのか、特に解像度や口径食、色かぶりの違いについて興味があったのだが、NEXとGXRではかなり結果に違いがあった。

しかし、最も顕著な違いは、スタジオ内で厳密に調整して比較した解像度テストにおいて、A12マウントの方がNEX5よりもはるかに高解像な画質を作ったということだ。これはNEX5がローパスフィルタを使用しているのに対して、GXRは使っていないということによる。もちろん、GXRの1200万画素の画像をNEX5の1600万画素のサイズまで拡大すれば解像感の違いはほとんどなくなる。しかし、オリジナルサイズで見比べれば、ローパスフィルタの有無が解像度に影響を大きく与えることは、もはや疑いのないことだといえる。

ライカM8の画像をCapture Oneで現像したもの オリジナル画像にある色モアレを修正


高画質のデジタル画像は、長い間ローパスフィルタなしで撮られてきた。コダックデジタル一眼レフ、ライカのデジタルバックやレンジファインダー、S2などがその具体例だ。しかし、この方法は時として高くつくことがある。ローパスフィルタなしのカメラを使うことで、写真家自身が色モアレの処理をしなければならなくなったのだ。

クライアントやアートディレクターからの締め切りに追われたプロ写真家が、撮影した画像にある色モアレを、何十枚も手作業で修正しなければいけない時ほど、陰鬱な時はない。私自身も、ライカM8.2で撮影した結婚式の写真で、50枚分ものモアレ修正をしなければならなかったことがある。

ローパスフィルタがないことでモアレ処理という別の困難に直面するということは避けられないし、これにはとても時間がかかる。さらに、ここで強調しておきたいのは、色モアレの修正はモアレが出た部分のみに対して行うべきで、写真全体の解像度を落とすことで対処すべきではない、ということだ。

それゆえ、モアレ修正の手間を考えると、ローパスフィルタをなくすことで得られる解像感よりも、モアレが出ないことを優先する写真家がいても不思議ではない。実際にニコンはD800にふたつのバージョンを用意することで、この問題に対処しようとしている。少なくともカメラの選択肢が増えることは良いことだと私は思う。