シグマCEO山木和人インタビュー(DSLRマガジン2014)(その4)


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 ― 多くの評論家がシグマのレンズをキヤノンニコンではなくツアイスと比較しています。これについてどうお考えですか?

山木:とても自然な流れだと思いますね。というのも、メーカーのレンズと私たちのレンズとでは設計思想が異なるからです。キヤノンニコンのレンズはマウントや重さ、サイズ、品質のバランスを取らなければならないのでどうしても妥協が生まれます。

しかし、シグマやツアイスは画質だけを追求しています。なので、シグマのレンズをキヤノンニコンのレンズではなくツアイスと比較するのは理にかなっています。

 ― しかもこの比較はツアイスの中でも最高級ラインであるOtusとです。

山木:もちろんOtusが比較対象でしょうね。

 ― 評論家はOtusとシグマを比較していますが、値段は3倍もの開きがあります。

山木:ひょっとすると私は値付けを間違えたのかもしれませんね(笑)繰り返しになりますが、私たちがこの値段で発売できるのは全て自社で生産をしているからです。外部委託が増えれば値段はもっと高くなったでしょう。また工場の生産能力も非常に重要です。

もう一つ大事なことは、私たちの会社には無駄がほとんどないということです。営業部、管理部、マーケティング部にはそれぞれ最小の人員しかいません。利益は全て製造と開発部門に投資し続けています。

 ― 50mm F1.4 Artはどれくらいの本数売れたのでしょうか?

山木:それはちょっと公表できません。ただとてもたくさんの注文があるので、なるべく早く欲しい人に届けたいですね。

 ― シグマは会津工場を拡充する予定だそうですが、生産量も増えるのでしょうか?

山木:今のところは生産量を増やすつもりはないですね。現在一眼レフのマーケットが縮小傾向にあるので、生産がピークでも従業員を増やさずに対応する必要があります。従業員を新たに雇い、生産量を増やしても、その後需要が減少すれば対応が苦しくなります。市場の成長が止まっている現在、それはしたくはありません。また繰り返しになりますが、私たちのゴールは利益ではなく従業員の雇用を守ることであり、ひいては会社を維持していくことだからです。

 ― フォビオンセンサーに関して、他の会社から使いたいというオファーはあるのですか?

山木:ああ、ええ、まあ。とある会社が一度検討したことはあります。しかし、彼らがどれくらい本気だったのかはわかりません。現在も検討中とのことです。

 ― フォビオンの技術を広く他社とも共有していく考えはありますか?それともシグマだけで独占するつもりなのでしょうか?

山木:基本的にはシグマだけで使いたいと思っています。これが私たちのカメラが他社とは違う一番の要因ですから。営業的にはなかなか難しい話なのですが、基本は私たちで使うという方針です。ただ、他の用途、例えば産業用であったり医療用であったりといった目的であればフォビオンが他で使われても構わないと思っています。

 ― フォビオンの感度についてはどうでしょうか?

山木:シグマのカメラのユーザーにとって、感度は重要な要素ではなさそうです。実際にそれほどひどくはないんですよ。dp2 Quattoroのユーザーは例えばペンタックス645のユーザーに近いと思うのですが、どちらのユーザーにも感度性能はそれほど重要ではないでしょう。日本のシグマのユーザーはそんなにせかせかしていないようです。例えば三脚にペンタックス645Zとdp2 Quattoroを載せて画質を比べてもらえれば言っていることがわかると思います。

 ― CP+についてどのようにお考えでしょうか?年々大規模になってきていますが、フォトキナと同じくらい重要なのでしょうか?

山木:CP+はローカルなイベントだと思います。日本ではそれほど多くの人が英語を話せませんし。言葉の壁が一番大きな障害でしょうね。

私自身もCIPAの代表理事副会長ですし、CP+の運営に関わっていますので、どうやってイベントを良い物にしていくのか常に議論しています。しかし、これ以上大きくするという方向性ではないですね。

ただ、主要な会社が最新のハイエンド機器を発表する場、という性格は今後も続くと思います。

 ― レンズの話に戻りますが、スナップ写真を撮っていると例えば24-70mm F1.8のようなレンズがあればいいなと思うことがあります。しかし、市場に出ているのはF2.8かそれよりも暗いレンズしかありません。

山木:光の物理法則は決まっているので、革新的な製品を作るのはとても難しいんですよ。フルサイズF1.8ズームとなると革新というより進化に近いです。レンズの進歩は少しずつ、段階を踏んでしかなされません。そのようなレンズを作るのはとても困難を伴いますが、シグマは常に新しいものにチャレンジしてきた会社でもあります。

例えば「スタンダードズームレンズ」を作るのは、そのような困難の一つです。24-70mmを作るのはとても難しいんですね。個人的な意見ではニコンの24-70mmはあまり良いレンズではないと思います。それに対してキヤノンのレンズは素晴らしい性能です。比較するとわかりますけど突出しています。

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 ― タムロンの24-70mmもかなりそれに近い性能だと思います。

山木:ただ、どのレンズであれ言えることは、ズームレンズの性能は単焦点レンズの性能には及ばないということです。標準ズームは広角から標準、望遠までカバーしていますが、それぞれの焦点距離では取るべき方法が全く異なるからです。それを満たすために妥協が必要になりますから、一般的に画質は低下せざるを得ません。

 ― 非球面レンズについて教えて下さい。一般的に非球面はレンズ枚数を減らすために使われるのでしょうか?

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山木:そうですね。私たちのレンズにも非球面をたくさん使用しています。しかし、もし最高の画質を追求するのならレンズの枚数を減らすことは難しくなります。

単に軽量で小型のレンズを作ることならできるんですよ。けれども、画質を上げようとすると別の話になります。先程も話しましたが、レンズの設計は光の特性という古典物理学の制約を受けます。その制限の中で技術を駆使して新しいレンズを開発しているのです。

 ― 現在市場に出回っているカメラやレンズは、おそらく私たちのほとんどにとって十分な画質だと思います。そうなると、新しいレンズが進む方向はより明るく、軽量で持ち運びやすいという要素になってくると思うのですが。

山木:それは理解できます。しかし、私たちには数十万人ものユーザーがいて、彼らに軽量で明るいレンズを行き渡らせるには1年近くかかりますし、現実的ではありません。実際に、おっしゃられたような軽量で明るいレンズは中古市場でたくさん手に入るんですよ。

シグマの製品には私たちのメッセージが込められています。私たちはレンズに新しい価値を加えているのです。不特定多数に向けて製品を作るのはビジネスとしてもあまり健全ではないと考えています。世の中には一般向けのレンズがほしいと思う人もたくさんいることはわかりますが、シグマは新しい価値を追求しています。私たちは既存の製品にはないものを提供していきたいのです。

 ― 例えば将来35mm F1.4を更新するとして、どのような方向性に進むのでしょうか?35mm F1.2になるのか、さらなる高画質を目指すのか、あるいは同じ画質を維持しつつ小型軽量になるのでしょうか。

山木:その判断をするにはもっと時間が必要ですね。例えばキヤノンが5000万画素の一眼レフを作ったら、今よりも高画質なレンズを作らなくてはいけません。もし、キヤノンが2000万画素のままだったら、今の画質のまま小型化するということも考えられます。開発の方向を決めるのはカメラとレンズのバランスなのです。

例えばニコンの58m F1.4というレンズがありますが、これは私たちの50mmよりもかなり軽量です。58mmというのは50mmよりも作りやすい焦点距離ですし。両者を並べて実際に画質を比較することも出来ます。

 ― はい、私たちのサイトでも行いました。

山木:この二つのレンズは設計思想から異なっていますね。

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 ― シグマが使用している非球面レンズはガラスモールドなのでしょうか?

山木:ほとんどがそうですね。一部にハイブリッド非球面レンズも使用しています。

 ― どこかのサイトでキヤノンが液体レンズの特許を申請しているという話を見たことがあります。

山木:もし実現可能だったら、液体レンズは世界中のレンズのあり方を変えるでしょうね。けれども、液体レンズの技術そのものは20年前から議論されているんですよ。

 ― そうですね、正確には24年前です。

山木:よくご存知ですね(笑)

 ― 実は最初に液体レンズの特許を申請したのは航空機会社のロッキード・マーティンなんですよ。

山木:液体レンズで最も困難なことは曲面の精度です。例えばセンサーを作る時に使われるステッパーレンズに液体を使うことがありますが、これはカメラ用のレンズと比べて、とても大きいんですね。

しかし、カメラ用のレンズは許容範囲は非常に非常に狭いんです。例えばレンズの大きさがドイツ全域の大きさに等しいとしましょう。しかし、このサイズでさえ、許容される誤差は3~4mmしかありません。液体レンズでこのレベルの精度を出すのはとても困難だと思います。

 ― それ以外にも液体に使われるポリマーの経年劣化はとても早いですし、温度差の影響も受けやすいですね。

山木:そうですね。同様の問題はプラスチックレンズにも現れます。現在はスマートフォンで多く使われています。屈折率のことを考えると、プラスチックレンズの選択肢は非常に限られてくるんですよ。またお話されたようにプラスチックレンズの弱点は温度差です。低温から高温に変化すると形状が大きく変化しますから。

私の知る限りではキヤノンは10-18mmにプラスチックレンズを使用していますが、性能への影響がほとんどない場所で使用していると思います。使用に問題がなければ私たちもプラスチックレンズの使用にやぶさかではないのですが、最新のレンズでも気温が10度から25度までの間でしか性能を維持できません。私たちのユーザーはマイナス20度の環境でも撮影を行っていますし、車のダッシュボードに置いておけば簡単に60度に達してしまいます。

カメラは電子機器です。コンピュータと同じスクリーンがあり、CPUがある。けれどもカメラにはセンサーがあります。そして最高の画質を得るためには電子機器だけではない、レンズという別の領域でも高い品質を維持しなくてはならないのです。



会談はこの時点で2時間にもなり、残念ながら終了する時間になった。山木氏は7日前に日本から飛行機でスペインに来たばかりで、次の滞在地であるマドリードに行かなければならなかった。氏の会談への参加に感謝し、別れを告げた。
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