シグマCEO山木和人インタビュー(DSLRマガジン2014)(その2)


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 ― フォビオンセンサーの話に移りましょう。シグマは世代を追うごとにフォビオンセンサーの性能を向上させてきました。

しかし、他のメーカー、キヤノンソニーもどうやら多層センサーを開発中のようです。少なくともいくつか特許を申請しています。

このような他社の多層センサーについてどうお考えでしょうか?最新のクワトロセンサーと比べてどのような性能になると思いますか?

山木:いくつかの会社が多層センサーの特許を申請していることは承知しています。

 ― なるほど。特許があっても実際にセンサーを製造して、高い性能を持ち、なおかつ適切な値段で発売できるか、というのは別の話だとも思います。

山木:多層センサーが他社から発売になるかもしれませんが、仮にそうだとしても私たちのフォビオンセンサーとは異なったものになるでしょうね。現在では他社の動向についてはあまり考えないようにしています。私たちが考えるべきことは、シグマのユーザーが何を欲しているか理解し、それに応える製品を作っていくことです。例えば風景写真家はとても高画質な画像を必要としているので、ペンタックスの645Dや645Zのようなカメラを使用しています。

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 ― そうですね。フォビオンセンサーは商品撮影や建築物といった被写体に適していると感じます。強いて言うなら中判が得意とする被写体でしょうか。フォビオンの画質は素晴らしいですから。

山木:もし、カメラに求められているものが解像度だけだとしたら、例えば中版のフォビオンセンサーを作るのは簡単なんですよ。けれども、現実には現在のAPS-Cサイズのフォビオンセンサーをほんの少し大きくするだけでも、現行の中判デジタルの画質に匹敵します。フォビオンセンサーにはまだ可能性がありますし、需要もあると思います。フォビオンを大きくすることは可能です。しかし、以前も話しましたがデータサイズの巨大化が、やはりネックになってきます。

 ― ハッセルブラッドのような中判カメラをサポートすることは可能なのですか?

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山木:技術的には可能です。そっちの方向に進むこともできますが需要があればの話ですね。残念ながら現在の中判デジタルの市場は縮小を続けているんですよ。

 ― 現実的な話に戻りましょう。シグマのカメラは世代を追うごとに、振動に敏感になってきていると感じるのですが。

山木:そうです。そうなんですよ!例えば手ブレのような微細な振動は画質に大きな影響を与えます。実はこれは私たちが2002年の2月にSD9を発表した時からずっと大きな問題だったんです。でも当時はデジタルカメラの解像度が低かったので、誰も問題に気づいていませんでした。ブレが画質に影響したのを確認するにはかなりの高解像度が必要なので、ニコンが3600万画素のD800を発売したころから、ようやく一般のユーザーにも問題が認識されてきたと思います。

シグマにとってもこれは大きな問題でした。dp2はとても解像度の高いカメラなのですが、ミラーがなく、フォーカルプレーンシャッターもありません。とても軽量なレンズシャッターを使用しているのでカメラそのものに振動はほとんど発生しません。dp2は他のコンパクトカメラと比べると操作が多少面倒なのですが、このレベルの画質を撮れる他のカメラと比較すると、実は最も操作が簡単で手軽に撮影ができるんですよ。振動がほとんど発生せず、センサーの解像度はとても高いです。また、カメラに搭載しているレンズも高性能です。dpシリーズに使用しているレンズは他の交換レンズよりも高性能なんですよ。

 ― dp2のレンズはレトロフォーカスですよね?

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山木:そうです。

 ― スナップを撮ることを考えると、カメラの速度は少し足りないと感じます。

山木:そうですね、速度はあまり速くはありません。今後の課題です。フォビオンは構造的にデータ量が多くなってしまいます。有効画素数はとても多いんですよ。しかし、クワトロセンサーになってからはずいぶん改善しました。

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キヤノンDIGICを使っていますし、ソニーもExmorという画像処理エンジンを使用していますが、実はこれらのエンジンはベイヤー用に規格化されているんです。例えばですが、ベイヤーセンサーを使用したカメラを作りたかったら、エンジンを買い、センサーを買い、メモリーを買って組み立てればプラモデルのようにキヤノンと同じようなカメラが作れます。

しかし、フォビオンは話が全く別です。データの取り扱いは専用設計ですし、規格化されたエンジンもありません。私たちはCPUから自分たちで作っていかなくてはいけないんです。なので、dp2がどんなカメラなのかというのは、説明がとても大変なんです(笑)

ベイヤー用のエンジンは、一つのチップの中に複数のチップが組み込まれているような状態で、その中に画像処理を担当するチップがあり、画像一つにつき例えば10から15ミリ秒で計算します。フォビオンセンサーではこの既存のチップを使用することはできませんから、ソフト的な処理をする必要があります。ソフトで計算をすると、組み込みのチップよりもだいたい2倍から3倍の時間がかかります。

私たちがdp2で使用したCPUは現在手に入る最高の性能のものです。それをTRUE IIIと名づけました。このCPUはとても高性能なので、コストもかなりするんですよ。CPUのコストや、汎用の組み込みチップとソフトウェア処理の話を関係者以外の人に説明するのは大変なんです。しかも、ソフトウェア処理は常に組み込みチップよりも低速ですから。唯一の解決方法はフォビオン専用にカスタマイズされたチップを製造することです。これは将来の目標ですね。

 ― 質問があります。dpユーザーが三つの焦点距離を必要としたらカメラを三つも買わなくてはならず、これは非常にお金がかかります。レンズ交換式のdpに興味があるユーザーは多いと思うのですが。

山木:私たちの会社は実際にはとても小さいんですが、ユーザーを常にサポートしていかなくてはいけません。レンズ交換式dpを作ることは可能です。しかし、新しいラインを作るということは、そのラインをサポートしていかなければならないということでもあります。私たちには既存のdpユーザーもいるので、そのサポートも継続しなくてはいけないのです。

私たちは大企業ではないので、必要以上に事業を拡大させないようにしています。何かを計画するときには常に長期的視野で考えます。もしミラーレスカメラを発売すれば、そのシステムを拡充することをユーザーは求めるでしょう。多くのレンズやアクセサリーを用意し、長期にわたってそのユーザーをサポートしていかなくてはなりません。

また、事業内容の決断も注意深く行う必要があります。ラインの停止や縮小など、事業内容を変更すればユーザーは失望するでしょう。私はそういうことが起こってほしくはないのです。

 ― 多くの学生から聞かれるのは、交換レンズメーカーのレンズとメーカー純正のレンズとではどちらが良いのかということです。私は自分の経験から、交換レンズメーカーの製品の中には純正以上のものもあると答えています。

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SIGMA 50mm F1.4 Art


山木:ありがとうございます。シグマには50mm F1.4 Artというレンズがありますが、この高性能なレンズが製造できるのも、会社のエンジニア、設計者、そして複雑な生産工程を担う工場の工員のおかげです。

交換レンズというのは現代社会において、とても面白い製品だと思います。現在ではほとんど全ての製品がデジタル的に生産されています。スマートフォンタブレット、テレビ、全てデジタルな製品の中にアナログ的な要素はほとんどありません。デジタルなので誰にでも簡単に作れます。だから価格がどんどん下がり続けるんですね。しかし、レンズは違うんですよ。これはアナログなんです。

そして、アナログで高品質な製品を作ろうと思うと、そこには経験や知識、ノウハウが必要になります。この技術は機械ではこなせません。人間にしかできないんです。従って、従業員が、とりわけ長い経験を持つ従業員の存在が、とても大事になります。私は個人的に他社のエンジニアとも付き合いがあるのですが、彼らから聞いた話では、例えば設計部門の方からこの仕様で製造をしろという指示が来ると、工場や製造会社が生産を拒否することはほとんどないのだそうです。しかし、製造がとても複雑なものだとコストがとても高くなってしまいます。

それに対して、私たちの会津工場では一旦仕様が決まると、それを大量に高品質で生産する方法をまず模索し、生産方法の改善を続けてコストを削減していきます。私たちは他の会社に製造を委託することはしません。なぜなら、私たちと同じ品質とコストで製造ができる会社は他にないからです。

もちろん、私たちにも取り引きをしている会社はありますが、レンズの研磨は自分たちでやります。最新の機器を生産することは中国のように世界中のどこでも可能です。けれども、製品が求めているものが違えば、話はそう簡単ではなくなります。工場の製造能力は大きく異なりますし、この差がレンズの生産には決定的な違いになります。

将来、デジタルカメラは技術の進歩でもっと高画素になりますし、解像度も上がるでしょう。けれども、そのカメラの性能を満たすレンズを作るのは容易ではありません。おそらく今後は確かな技術力のある工場を持ったメーカーだけが生き残っていくと思います。

これは私の個人的な見解ですが、日本に残るという決断をしたのは本当に幸運なことだと思っています。90年代の半ばに円高が始まった頃、多くの工場が海外に移転しました。その後、多くのメーカは国内の工場を縮小したり、閉鎖したりしました。シグマは同族経営の会社で、顧客サービスを大事にしているので日本に残ることにしました。もちろん利益を出すことは大事ですけれども、高い技術を持った従業員を維持していくほうが、コストを削減するよりも重要だと考えたのです。

私たちは従業員を守ることを第一に考え、その結果、高い技術を持った従業員は会社に残ってくれました。そして、彼らのノウハウが今の高性能なレンズを支えています。これが私たちにとって一番大事なことでした。このような意味で、カメラ事業というのは他の産業とは少し違うのです。

 ― シグマにとって会津工場がもっとも重要なのですか?他に工場はないのですか?

山木:工場は会津工場一つだけです。

 ― 現在では会津工場はかなり施設が拡充されていますね。

山木:会津は日本のちょうど中央に位置するのですが、人口は減少を続けています。しかし、製造業のレベルはとても高いのですよ。富士通は工場を持っていますし、オリンパスの工場もあり、そこでは内視鏡用のレンズを作っています。とても高性能なレンズですね。