シグマCEO山木和人がレンズ設計の哲学を語る(Photokina 2014)


私たちは先日シグマCEOの山木和人氏にインタビューする機会を得ることができた。そこで最近のシグマのヒット商品や独創的なdp Quattro、そしてレンズ設計の哲学について話を聞いた。また、シグマは日本の会津工場で全てのレンズを生産し、なおかつ株式非公開である。そのシグマのカメラ業界での立ち位置についても話を聞くことができた。

Q:35mm F1.4や50mm F1.4といったシグマのアートシリーズのレンズはその高性能と手頃な価格から、とても高い評価を受けています。特に50mmの評判はいいですね。これらのレンズを設計する上で目標に掲げたのは何だったのでしょうか?最初に価格目標を設定したのですか?

A:目標はとても単純なものです。私は技術者に「これまでのレンズの歴史の中で、最高のものを作れ」と指示しただけです。私はCEOになる前はレンズ設計部の責任者をしていました。そこで働いた経験から、単純な指示を出せば技術者は最高の仕事をしてくれるということを知りました。なので、アートシリーズのようなレンズを作るときは、設計者や技術者に「最高のものを作れ」と言うだけなんです。


シグマ 50mm F1.4
最高の画質と手頃な価格を両立したこのレンズは多くの写真愛好家から賞賛されている。


Q:シグマの50mm F1.4はとても評価が高く、ツアイスのOtus 55mm F1.4とよく比較されます。Otusのような高価なレンズに匹敵する性能を、どうやってこの価格で達成したのでしょうか?

A:良い質問ですね。それにはいくつか理由があります。まずシグマの工場には高い技術を持ったスタッフがいます。彼らは経験豊富で高度な技術を持っていますから、設計部門から上がってきた仕様や設計を拒否したりしないんです。

他の会社では製造が困難なので、現場が設計を拒否するということがあると聞きます。この50mm F1.4も工場のスタッフにとってかなり製造が難しいのですが、彼らは設計通りに作りました。これが理由の一つです。

もう一つは、シグマの会津工場は垂直統合されているので、工場内でほとんど全ての作業を行っているということです。これはつまり他の会社に余分なお金を支払わなくてもいいということでもあります。こうやってコストを削減しているのが二つ目の理由ですね。


Q:シグマは同族経営の会社で、材料や部品の調達も日本の会社が中心だと聞きました。他の会社と異なる経営をしているのはなぜなのでしょうか?

A:会社の所有者として、あるいは経営の責任者として、私が最重要視していることは経営を持続し、従業員とその家族を守ることです。これが一番大事なことです。高い売上や利益を作ることが第一ではありません。

およそ15年ほど前に日本円が高くなり、多くの日本の企業が工場を海外に移転しました。私たちにも海外移転の圧力がかかっていたのですが、従業員と家族を守るために日本に留まることを決断したのです。

日本に残るために私たちは経営方針を変えました。低価格な売れ筋商品を中心としたビジネスから、ハイエンドで高性能な商品が中心となるようにしたのです。私たちは従業員の雇用を第一に考えているので、ここが他の会社と大きく違うところですね。

シグマはレンズだけでなくカメラも作っている。dp Quattroのデザインは独特だ。


Q:シグマのdp Quattroはとても面白いカメラですね。このような奇抜なデザインになった理由は何なのでしょうか?

A:まず最初に、このカメラを安定して保持するためにどのような形状が一番なのかを、社内で集中して議論しました。クワトロはとても高い解像度を持っていますから、ほんの僅かなブレでも画面に出てしまうんです。なので一番に優先したのが、安定して保持できる形状にすることです。

けれども、このカメラは本当に特別なカメラなのです。世間的には「コンパクトデジタルカメラ」の中に分類されていますが、全くコンパクトではありません。画質は大げさに言ってしまうと中判デジタルに匹敵します。個人的な意見を言わせてもらえば、このカメラと同じようなカメラは他に一つもないのです。このカメラは他のカメラと比べても特別なものなので、デザインそれ自体がカメラの特殊性を表現しているとすると、とても面白いのではないか。私たちはそう考えました。

シグマ 50mm F1.4
フルサイズカメラで使用すると素晴らしく高解像な画像を撮ることができる。


Q:クワトロの開発にかかった期間はどれくらいなのでしょうか?

A:おおよそ2年位でしょうか。カメラの開発と同時に新しいクワトロセンサーの開発も行っていましたから時間がかかりました。センサーの開発はカリフォルニアのサンタクララにあるフォビオン社の社員が行いました。カメラとセンサーの開発を同時に行う大きなプロジェクトでした。


フォトキナ2014では、交換レンズを手持ちのボディに付けて試写できることもあって、シグマブースは盛況だった。

Q:高解像度であるということ以外にフォビオンセンサーを開発する難しさは何なのでしょうか?

A:開発の難しさは色々あるのですが、一番の問題はフォビオンセンサーを作っているのが私たちだけということですね。なので、問題はセンサーだけではなく、画像処理チップやアルゴリズムなど全てを私たちシグマとフォビオンだけでやらなければならないのです。開発には多くのエンジニアが関わっていますので、とても大変ですね。


Q:これまでのdp Quattroのユーザーからの反応はどうなのでしょうか?

A:基本的にはとても好評です。中には「何という変態カメラ!気に入った!」と言ってくれる人もいます。とりわけ私たちには、ずっとシグマのカメラを使い続けてくれているロイヤルカスタマーが僅かながらいますが、その人たちはクワトロとシグマの方向性について、とても好意的に受け取ってもらっています。ユーザーの多くに気に入って頂いていると思ってます。


シグマ18-35mm F1.8は世界初のF1.8ズームレンズ。ジャーナリズムやドキュメンタリー用のレンズとしても人気が高い。


Q:シグマのレンズで人気のあるものに18-35mm F1.8があります。これは市場で唯一のF1.8ズームです。このレンズを作るにあたって困難だったことは何ですか?

A:このプロジェクトの最初に掲げたのは「世界初のF1.8ズームを作ること」でした。どんなものでもそうですけど、「世界初」というのは作るのがとても難しいんです。参考にしたり比較したりできないですからね。開発が困難なことは最初からわかっていたので、私は技術者にこうやって指示を出しました。

「性能は気にしなくていい。これは世界初のレンズだから、開発は非常に困難になる。やって欲しいことはF1.8のズームを作ること。それだけだ」

そうやって言ったので、実を言うとこんな高性能になるなんて予想もしていなかったんですよ(笑)


シグマはカメラ業界の中でも稀な株式非公開会社。すべての製品を日本の会津工場で製造している。

設計担当のエンジニアが本当に驚くべき仕事をしてくれて、ものすごい性能のレンズになってしまいました。最初にレンズのデータを見た時は本当に驚きました。「おおっ!」って声に出してしまったくらいです。

Q:他の人も同じように感じたと思います。今まで同じスペックのレンズがなかったにも関わらず、ものすごい性能なので皆が驚いたと思います。

シグマは他にも60mm F2.8のような手頃な価格のミラーレス用のレンズを出していますね。これらのレンズはどれだけ成功しているのでしょうか?

A:今のところとても上手く行っているので嬉しいですね。

シグマの使命は高性能なレンズを手に取りやすい価格で提供することです。そのために私たちの会社組織はとてもすっきりとしたものになっています。管理部門はとても小さいですし、マーケティングや営業部門もごくわずかです。

利益のほとんどは設計部門と製造部門に投資していますから、とても高性能なレンズを手頃な価格で提供できるのです。私たちのレンズのユーザーは価格と品質の両方に満足していただけていると思っています。


シグマはコンパクトな単焦点から巨大な望遠レンズまで、ほとんどすべての種類のレンズを製造している。


Q:ミラーレスカメラのユーザーは一眼レフのユーザーと比較すると交換レンズをあまり買わないというデータを見たことがあります。この傾向に何か変化は起こっていると思いますか?

A:この1~2年で変わってきていますね。ハイエンドなミラーレスカメラがたくさん発売されていますし、このユーザーは交換レンズを多く買っています。カメラマーケットは徐々に変化していると思います。


シグマ60mm F2.8レンズはミラーレス用のレンズ。2万円以下の価格でありながら素晴らしい画像が撮れる。


Q:お話されたハイエンドなミラーレスカメラの中には例えばソニーのα7があります。シグマにFEレンズを開発する予定はあるのですか?あるいは既存のレンズをFEマウントとして発売しないのですか?

A:今後の具体的な製品について話すことはできないのですが、私たちはミラーレスカメラ用レンズのラインナップを増やしていきたいとは思っています。


Q:シグマは多くのマウント向けにレンズを製造しえいます。何か特定のマウントが他のと比べて作るのが難しいという事はあるのでしょうか?複数のマウントで使えるように設計することにどんな困難があるのでしょうか?

A:それぞれのマウントには固有の難しさがありますから、特別何か一つだけが難しいとは思いませんね。私たちはそれぞれのマウント用に最高のレンズを作るよう努力しているだけです。


Q:シグマの次の製品はどのようなものになるのでしょうか?2015年に向けてどのような製品を作っていくのですか?

A:私たちの方針は変わりません。実際、デジタルカメラのマーケットは縮小しています。けれども、私たちが写真文化を尊重し続ければ、シグマは今後も生き残っていけると信じています。

写真文化を尊重するということは、写真愛好家に向けて高性能な製品を提供していくということです。マーケットのあり方はおそらく今後も変わっていくでしょう。けれども、ユーザーの求める高品質を突き詰めていけば、シグマの製品を選んでもらえると信じています。

今後の製品について言えることはそれだけです。高い品質を追求していくこと、そして最高の製品をユーザーに届けていくよう努力し続けることです。