シグマ18-35mm F1.8と35mm F1.4のレンズ設計者に話を聞く



Q:どうして光学技師になろうと思ったのですか?

A:大学では宇宙物理学を学んでいたのですが、研究のために望遠鏡を使っているうちに、光学機器そのものに興味が出て来ました。それがきっかけです。

Q:レンズの設計はどうやって開始するのですか?

A:企画部からこういったレンズを作って欲しいという要望が会議で出ます。その後で既存のレンズのデータを集めることから始めます。

Q:現代のレンズ設計では、直感と経験か、あるいは設計ソフトと高性能なコンピュータか、どちらがより重要なのでしょうか?

A:私たちはどちらも重要だと考えています。計算に頼りすぎると新しいアイデアが出なくなってしまいます。レンズの目的やマーケットのことを考えて最終的に判断するのは、いつも人間です。

Q:レンズ設計をコンピュータを使いながら行うのは一般的になっています。現代のレンズ設計で最も困難なことは何でしょうか?

A:コンピュータがなかった頃は、新しい計算方法や、レンズ配置の研究や、新しい製造方法の導入といったことは不可能でした。現在ではコンピュータを使うことで、新しい挑戦が可能になっています。しかし、こういった開発も設計ソフトそのものの機能によって制限されてしまうので、それ以上のことをするのは難しいですね。

Q:コーティングの影響を計算に入れるのはいつなのでしょうか?設計の最初の段階で計算に入れてるのか、それとも製造の最後の段階で最適化するためにだけコーティングするのか。あるいは同時並行的に行なっていくのでしょうか?

A:私たちは設計の半ばでコーティングを計算に入れています。

Q:35mm F1.4を設計する時は競合する他社のレンズを分析したのでしょうか?それとも、まっさらな状態で開発を始め、既存の設計は考慮に入れなかったのでしょうか?

A:既存のレンズより優れたものを作るために、とても高い目標を立てました。しかし、他社の設計を参考にはしていません。自分たちだけで、最高の性能を追求しました。

Q:35mm F1.4と24mm F1.4とでは、どちらが設計が難しいですか?

A:レンズに求めるものによって設計の困難さが変わってくるので、どちらの方が難しいかを答えるのは難しいです。強いて言うなら、同じ光学性能を達成しようとした場合、24mmの方がより設計は難しくなります。

Q:18-35mm F1.8のようなユニークなレンズの場合、どの諸元を一番最初に決めるのでしょうか?焦点距離、明るさ、画質など、まず何かを最初決めてから他の要素を決めていくのでしょうか?

A:このレンズはまず、明るさがF1.8で二倍ズーム、そして35mm換算で50mmの焦点距離をカバーすることを最初に決めました。その後いくつか検討したあとで、最終的に18-35mm F1.8というスペックなら最高の性能を発揮できるとわかったので、この数値に落ち着きました。

Q:そうすると、例えば16-35mm F1.8という焦点距離で作ることは難しいのでしょうか?

A:アートラインとして発売するのに必要な水準を満たすのは、とても難しくなります。

Q:18-35mm F1.8では年輪状のボケが発生しますが、この原因は何なのでしょうか?

A:現在調査中です。この点については今後のレンズで改善して行きたいと思います。

Q:18-35mmでは口径食が良好に補正されています。これはどうやって可能になったのですか?

A:前群にある二つの非球面レンズと、インナーフォーカスシステムを採用したことで、口径食を減らすことができました。

Q:18-35mmの前群にある凸レンズは直径が49mmしかないのに、どうしてフィルターサイズは72mmなのでしょうか?もう少し小さなフィルターにすることはできないのでしょうか?

A:装着するだけならできるかもしれませんが、フィルターの枠が口径食の原因になってしまうので、実用的ではありません。

Q:18-35mmに続けて組み合わせるレンズとして、どのようなスペックが可能でしょうか?35-85mm F1.8や50-135mm F2.0といったレンズは作るのは難しいですか?

A:そのようなレンズが出来ればいい組み合わせになると思います。特に35-85mm F1.8だと明るさも18-35mmと同じになりますし。しかし、実際に設計するとなると全く別のアプローチで考えなくてはいけないので、どちらのスペックも作るのはとても難しいです。

Q:28-70mm F2.8といったレンズは24-70mm F2.8の登場によって影が薄くなってしまいました。18-35mm F1.8の成功を受けて、フルサイズでも例えば28-70mm F2.0や28-50mm F2.0といったレンズも視野にあるのでしょうか?

A:現在では具体的な計画はありませんが、より明るいズームレンズの開発は引き続き行なっていきます。

Q:最終的なレンズの値段はどの時点で考慮にいれるのでしょうか?コストが設計の足かせになるということはあるのですか?

A:設計者は価格を決める立場にはありませんが、レンズ製造にかかるコストは最終的な製品の価格に影響します。それゆえ、レンズの開発においてコスト削減は最も重要な要素の一つです。

Q:研究開発部門と営業部門はどれくらい頻繁にやり取りをしているのでしょうか?レンズ製造において、最終的な決定権は誰にあるのですか?

A:私たちには研究開発だけを行なっている部署というのはありません。企画部門と技術者が一緒になってマーケットの需要とトレンドを注視しています。まず、マーケティング部門が市場の動向を調査し、その情報が企画部に回ってきます。それを受けて、企画部がどの製品を作るかを決定します。実際の開発に当たって各技術部が協力し、最終的な判断はCEOが行います。

Q:SLDやFLDといった低分散ガラスや、高屈折率ガラスを使うことで、レンズ設計は容易になったのでしょうか?

A:高性能なレンズを作るのに低分散ガラスは必要不可欠ですが、それらを使うことで良いレンズを作れるようになるとは限りません。特殊なガラスを使った設計をするのに何よりも大事なのは、柔軟な発想と経験です。

Q:8-16mmや17-50mmといった過去のレンズには蛍石と同等のFLDガラスが使われていました。しかし、最新のレンズにはFLDはあまり使われていません。これはなぜなのでしょうか?

A:最近のレンズでも、35mm F1.4、17-70mm F2.8-4、120-300mm F2.8ではFLDを使用しています。低分散レンズを使うことが目的なのではなく、それぞれのガラスを使って最適な結果を得ることが何よりも大事なのです。

Q:光学手ブレ補正はレンズの中に稼働する部品が組み込まれていますが、それは画像の解像度の低下にどれくらい影響しますか?また、手ブレ補正は通常のレンズよりも作るのが難しいのでしょうか?

A:私たちは光学手ブレ補正によって、ブレそれ自体からくる解像度の低下を抑える事ができると考えています。手ブレ補正をするためにはいくつかのレンズを動かさなければいけないですから、機械的にも光学的にも、設計は難しくなります。

Q:現在市販されているフルサイズ用レンズの中で最も明るいものはF0.95からF1です。これよりも明るいレンズを作ることは可能なのでしょうか?このような明るいレンズを作る上で、最も困難なことは何なのでしょうか?

A:一眼レフについて言えば、ミラーやマウント口径などの影響もあって、F1のような極めて明るいレンズを作るのは難しくなっています。ミラーレスならば、いくつかの制限はありますが、原理的に明るいレンズを作ることは不可能ではないです。しかし、性能面を考えると、特に周辺画質をどうするのかというのは大きな問題として残りますね。

Q:マイクロフォーサーズではフォクトレンダーのF0.95レンズが既に発売されています。シグマも同様のレンズを作る予定はありますか?

A:今の時点ではないです。

Q:ミラーレスカメラにはミラーボックスがありません。このことはレンズ設計上でどのような影響を与えますか?

A:広角レンズを作るときにかなり有利になります。

Q:レンズ設計をする際には、マウントを最初に決めるのでしょうか?それとも、まずはマウントを考えずに設計を始めて、その後でどのマウントにするか決めるのでしょうか?

A:設計の最初の段階で複数のマウントで使用することを想定しています。まず一眼レフ用を作るか、それともミラーレス用を作るかを決め、それから個別の設計に入ります。

Q:最近は、収差や口径食、歪曲などはソフト上で処理されるようになっています。これはデジタルカメラがより高性能なプロセッサーを搭載することによって可能になったのでしょうか?それとも、マーケットの変化があまりにも速いので、従来の考えでレンズを開発することができなくなっているのでしょうか?

A:欠点が何一つないレンズを作ることは不可能なので、ソフトウェアで補正することは有意義だと思っています。しかしそれと同時に、レンズの欠点をソフトで完全に消すこともまた不可能です。それゆえ、私たちはレンズそのものの性能向上が必要不可欠だと考えています。このような方針でレンズを設計していますので、その質問に応えることは難しいです。

Q:新しく発売されるカメラはミラーレスが増えています。フランジバックが短いミラーレスが増えることは、例えば望遠レンズの設計に影響を与えるのでしょうか?センサー面からの反射が強くなることで、コーティングを変える必要が出てきたり、製造方法を変える必要が出てくるのでしょうか?

A:ミラーレス用に望遠レンズを作るとするとAFシステムも考慮にいれる必要があります。フランジバックよりは、レンズの配置や機械的な部分の設計がより重要になってきますね。光学技術以外にもレンズ性能を上げる要素はたくさんありますので、より良いレンズを作るために様々な改良を常に行なっています。従来のレンズ設計のやり方にもまだ改善の余地はありますので、様々なアプローチで技術を高めていくよう、日々努力しています。

Q:ミラーレンズについてはどのようにお考えでしょうか?将来新しいミラーレンズが作られる可能性があるのか、あるいはこのまま消えていってしまうのでしょうか?

A:どちらとも言えないですね。どのような目的でレンズを作るかにもよりますし、リングボケをどうするのかという問題もあります。

Q:センサーの画素数が増え続けていますが、このことがレンズ設計をより難しくしているのでしょうか?

A:そうですね、より大変になってきています。しかし、それに打ち勝とうとすることで、より高性能なレンズを作ることができているのも事実です。

Q:レンズの製造に関わることがら、例えば鏡筒内部のつや消しや隔壁、機械・電子部品の影響などもレンズ設計の担当なのでしょうか?それとも他の担当者がいるのでしょうか?

A:その専門の技術者と協力して設計しています。

Q:液体レンズについてはどうお考えですか?将来何かの突破口になるか、それとも実用化は難しいのでしょうか?

A:中長期的には考慮にいれるべき技術だとは思いますが、すぐに実用化するのは問題が多すぎて難しいです。

Q:ありがとうございました。