シグマCEO山木和人インタビュー(Photokina 2012)(その1)



Imaging Resourceのデイブ・エッチェルズは2012年のフォトキナでのシグマの発表に興奮を隠しきれなかった。カメラ産業における初めての試みがいくつも発表されたからだ。

今回のインタビューでは新製品の紹介に加えて、レンズ生産と品質管理における革新的なシグマのアプローチをお伝えしたい。シグマCEOの山木氏とデイブ・エッチェルズがシグマの発表と会社の将来について話し合った。

デイブ「まずは経済状況について確認したいと思います。前回のCESでのインタビューから何か変わったことはありますか?ヨーロッパの経済状況はどうでしょうか?また、前回アメリカの市場は良くなっているとお話されていましたが、それはまだ続いているのでしょうか?」

山木「状況はあまり変わっていないと思いますね。アメリカは上向いていますが、ヨーロッパは変わらず厳しいです」

デイブ「ミラーレスでは次々と革新的なカメラが発表されています。シグマがミラーレスカメラに向けてもレンズを作り始めたのは素晴らしいと思います。それに関連して、少し前にシグマチャイナの関係者がシグマは独自のミラーレスを作る計画はないと発言し、話題になりました。これは確かなことなのでしょうか?」

山木「今のところ、私たちがミラーレスカメラを作る計画はありません。現在のSDとDPのユーザーをサポートするのを最優先にしているからです。私たちは既存のユーザーをまず大事にしなければいけません。もちろんシグマは未来永劫ミラーレスを作らないというわけではありませんが、今の時点では全く計画はありませんね」

デイブ「SD1は大幅に値下げをしましたが、売り上げはどうなりましたか?」

山木「とても好評をいただいています。ユーザーの中には以前の価格では買えないという方が多かったので、値下げ後はよく売れていますね。また、最初のSD1の価格で買っていただいたユーザーにはサポートプログラムを用意しました。これは4,000ドル相当のポイントをお渡しすることで、値下げによる価格のギャップを埋めることが目的です。このポイントで私たちの製品を多く買っていただいてます」

デイブ「それはとても素晴らしい解決法ですね。SD1発売直後のシグマは厳しい状況にあったと思いますが、見事にそれを切り抜けたと思いますし、ユーザーのサポートも素晴らしいです。さて、単焦点コンパクトのDPシリーズはどうでしょうか?他の大型センサー搭載のコンパクトカメラと比較してもとても競争力の高い値付けだと思いますが」

山木「DPシリーズは日本の写真愛好家の間では熱狂的に歓迎されています。非常によく売れていますね。今はアメリカでも売り上げが伸びてきています。DPは簡単に高画質の写真が撮れるので、ユーザーは性能に満足されていますね。ミラーがないので振動の悪影響を受けないですし、フォーカルプレーンシャッターではなくレンズシャッターを使っているので、音もとても静かです。DPでは気軽に手に持って高画質な写真を撮れるのです。私たちは出荷前に全てのDPをチェックして、センサー面とレンズ面を水平になるように調節しています。なので、理論上撮れる最高画質が全てのDPで得ることができます」

デイブ「レンズの話に移りましょう。これまであったEXとそれ以外というカテゴリーが、コンテンポラリー、アート、スポーツの3つのカテゴリーに再編されました。この変更の意図は何なのでしょうか?」


山木「まずEXというブランドについてですが、これは数年前まではとても上手くいっていました。しかし、ここ数年はカメラの進化する速度が早く、毎年のように一眼レフやミラーレスの画素数が増え、解像度が上がっています。それゆえ、私たちが作るレンズもそれに合わせて、新しくなるごとに過去のモデルより高性能になっていきました。その結果、いくつかの非EXレンズが旧型のEXレンズより高性能になるという逆転現象が起こってしまったのです。

このままではユーザーの方々が混乱してしまうだろうと考え、それを解消しようと思いました。EXというカテゴリーの代わりにレンズ設計に対する考え方をはっきりさせることが大事だと考えたのです。

私自身エンジニアのそばにいつもいて設計を間近で見ていますが、製品開発というのはいつもトレードオフの関係にあります。最高の性能、最高の画質、小さなボディ・・・全てを達成した完璧なレンズというのはこの世には存在しません。それゆえ、どこの部分を優先するかを決めなければいけないのです。もし、画質や性能を優先したらサイズと重さはどうしても増えてしまい、大きなレンズになってしまいます。もしサイズを優先したら歪曲や口径食がある程度発生するのは避けられません。

今回の新しいラインを示すことで、私たちが設計時点で考えるレンズのコンセプトが明確になることを期待しています。私たちは撮影対象を限定するつもりは全くありません。そうではなく、これがどういう製品なのかということをはっきりさせたいのです」

デイブ「つまり、ユーザーにどのようなトレードオフが存在するのか、明らかにしたいと考えているのでしょうか?」

山木「はい。それとレンズのコンセプトもですね。今年はカメラボディの面で大きな革新がいくつもあった年だったと思います。信じられないくらい解像度の高いカメラ、画素数は少なくても性能の極めて高いカメラ、さらに非常にコンパクトなカメラなどです。

2012年はカメラの多様化が始まった年だと思います。去年までは全てのカメラが画素数を増やし、さらに動作速度も向上させるというベクトルで進んでいました。しかし、今はそういった完璧なカメラは不可能だという認識が広まっています。当然のことですが、ピクセル数が増えれば画像を処理し、データを記録するのに時間がかかります。

この傾向は来年以降も強まっていくと思います。しかし、レンズに関してはこのような多様化に対応できていません。私たちは新しいラインを示すことで、多様化するカメラにふさわしいレンズを作っていきたいと思います」

デイブ「新しいラインには、発売済みのレンズも再編されるのでしょうか?それともこれから発売する新しいレンズだけなのでしょうか?」

山木「新しいレンズだけですね」

デイブ「スポーツラインのレンズは動きの速い被写体だけを対象にしているのでしょうか?それとももっと広い範囲の、様々な被写体を撮れるのでしょうか?」

山木「もう一度念を押させて欲しいのですが、それぞれのレンズの使い方を強制しているのではありません。スポーツラインというのは私たちが設計する時のコンセプトを明確に示すためのものです。もちろん、そのレンズを使ってポートレートなどの写真を撮ることはできます。しかし、私たちはユーザーがスポーツや野生生物や航空機などを撮ることを想定して設計をしています。

スポーツや野鳥を撮るために、スポーツラインのレンズは全て防塵防滴構造になります。また、このラインには様々なカスタマイズ機能を持たせています。例えばユーザーはフォーカスリミットの範囲を調整できます。航空機などを撮影するときは無限遠に近い範囲で限定した方がいいのですが、それを実際に設定できるのです。

もちろん、レンズ製造会社として、私たちはたくさんのユーザーのニーズに応えなければいけません。それなので、多くの人が使うだろうセッティングをデフォルトとして用意しています。それだけでは物足りないというユーザーのためにセッティングの幅を残すことで、できるだけ多くのユーザーのニーズに応えられると思っています」

デイブ「ということは、このフォーカスリミットは完全に電子制御なのでしょうか?以前のシグマのレンズにはマクロ領域のフォーカスをロックして物理的に動かないようにするスイッチがありましたよね?今後は全て電子的に動作するのでしょうか?」

山木「フォーカスリミットのスイッチはありますが、制御はすべて電子的に行なっています」

デイブ「ということは、フォーカスリミットのオンオフを設定するスイッチがあり、さらにカスタマイズしたセッティングで撮影ができると」

山木「新しいレンズについているフォーカスリミットスイッチはデフォルトのオンオフを制御します。それに加えてもう一つカスタムスイッチというものがあります。カスタムスイッチをオンにすることでカスタムモードに移行して、USBドックを使って変更した設定が使えるようになります。カスタムスイッチをオフにすればレンズはまたデフォルトの設定に戻りますので、実際の撮影現場でどちらかを選ぶことができます」

デイブ「例えば航空機を撮影しに行って、そのあとで他のものも撮りたいと思った時にデフォルトに戻せるということでしょうか。つまり、フォーカスリミットがなしのモード、デフォルトのフォーカスリミット、さらにカスタムフォーカスリミットの3つを選べると」

山木「そうです」

デイブ「これは、カメラの歴史の中で初の試みですね。最初のスポーツラインの120-300mm F2.8 DG OS HSMは高性能なだけではなく、防塵防滴構造を持っています。今後のスポーツラインのレンズも全て同じような高性能の防塵防滴レンズになるということですね。


さて、コンテンポラリーラインからは17-70mm F2.8-4 DC OS Macroが発表されました。これは同じスペックの三代目になりますが、より軽量で小型になっています。どうやってこれを達成できたのでしょうか?」

山木「いろいろな技術を使っていますが、私たちがTSC(熱耐性複合材)と呼ぶ新しい素材を使ったのが一番大きいですね。これでかなり小型化できました。もちろんレンズ構成も見直しています」

デイブ「つまり前のモデルと比べてレンズ構成が変わり、作りも変更していると」

山木「そうです。このレンズは最初の段階から光学部門と機械部門のエンジニアが協力して小型化のために尽力してきました」