シグマCEO山木和人インタビュー(Photokina 2012)(その2)



デイブ「先ほどフォーカスリミットに絡んでUSBドックの話が出ましたが、これはボディに合わせてフォーカスの位置を前後に合わせるピント調節機能も持っているのですね」

山木「そうですね、カメラボディに付いているピント調節機能と基本的には同じです。しかし、ボディの調節機能は撮影距離全部に対してピント位置を調節することしか出来ません。例えば無限遠でピントを合わせると3mの距離ではピントが合わなくなったり、逆に近距離で合わせると無限遠が合わなくなることがあります。フォーカス位置というのは被写体の距離に合わせて真っ直ぐ比例して変わっていくわけではないのです。このソフトを使えば特定の距離におけるそれぞれのピント位置を個別に指定することが可能になります」



デイブ「つまり、撮影距離に応じて、直線ではなくカーブ状にピント位置を設定できるということですか?」

山木「そうです。さらにズームレンズの場合、焦点距離ごとにピント位置の調整ができます」

デイブ「焦点距離ごとに!すごいですね」

山木「ピントを合わせるためには何度も試して確認しなければいけないので、使いこなすのはとても難しいです。カメラボディの調節機能でさえ、ちゃんと合わせるのは大変です。けれども、ユーザーのためにこの機能を提供することにしました」

デイブ「確かにピント調節機能は何度も試さないといけないし、どれだけ変更すればいいか決めるのは大変ですね。この機能はシグマのレンズ全てに使えるのでしょうか?」

山木「新しいレンズだけですね」

デイブ「つまり今回発表になった3つのレンズと、今後発売されるレンズ全てということですね」

山木「そうです。また、レンズごとにカスタマイズ出来る範囲は異なります。スポーツラインのレンズはより多くの機能をカスタマイズできます。ピント調節機能は全てのレンズに付きますが、フォーカスリミットはそもそもスイッチを持たないレンズもあるので、レンズごとにできることは変わりますね」

デイブ「私はある意味測定オタクなのですが、新しいA1検査装置にはとても興味があります。個人的に今回のフォトキナでもっとも興奮したのがA1の発表でした。記者発表によるとこれから発売するレンズは全て100%この新しい装置で検査されるのでしょうか?」

山木「そうです。今回の新しいレンズからですね。実は現在でも私たちは出荷前に全てのレンズを自社製のMTF検査装置でチェックしているのですよ。この装置を使って画像を撮影し、データを分析してMTF数値を測定しています。撮影には一般的なベイヤーセンサーを使っているのですが、D800やSD1といった超高解像のカメラに向けたレンズを検査するためには、従来の装置では空間周波数、つまり解像度が足らない事に気づきました。

それなので、検査のためにもっと高性能なセンサーが必要になったのですが、調べてみたところ市場には最適なセンサーがないことに気付きました。けれども、そこではたと気づいたのです。『ちょっと待てよ、自分たちには高解像度のセンサー、フォビオンがあるじゃないか』と。

結局フォビオンを使うことに決め、測定用の新しいチャートも作成しました。さらにアルゴリズムやプログラムなども、全て自分たちで開発しました」

デイブ「新しい装置は縦横二軸の解像度やMTFのデータを出力するものなのでしょうか?ある一点だけを測定するのか、MTFデータを得るために複数の点を調べられるのでしょうか?MTFを測定するときに中心だけなのか、複数箇所を測定するのか、どちらですか?」

山木「もちろん複数です。中央と周辺ですね」

デイブ「製品の品質のバラつきはレンズ製造会社にとって常に付きまとう問題ですね。この新しいシステムによってバラつきを抑えることが可能になるのでしょうか?」

山木「それが私たちの目的の一つです。以前は全てのレンズに光を通して画像を投影し、品質を検査していました。これはこの業界では当たり前の手法です。けれども、どれが良いレンズでどれが悪いレンズかという判断は人間が目視で行なっていました。しかし、MTFシステムによって客観的にレンズを検査することができるようになりました」

デイブ「新システムはMTF以外のパラメーターも測定するのでしょうか?もしMTFだけを測定していたら他の要素、例えば色収差などは検査から抜け落ちてしまいます」

山木「色収差、歪曲、口径食といった要素は、基本的に製造ごとに変わるものではありません。これは設計で決定される要素なので、出荷時に検査はしません。しかし、個人的にこのA1システムを改良してもっと新しいことに使えるのではないかと思っています。フォビオンセンサーはそれぞれのピクセルですべての色を記録できるフルカラーセンサーなので、MTF以外の数値も測定できると思います。具体的に何を調べるのかは、まだ研究中ですね」

デイブ「私が今回の発表で驚いたのは、レンズ製造上のバラつきの問題が頻繁に発生するからです。各レンズ一枚一枚がわずかに中心からずれることで、描写が甘くなったり片ボケが発生したりします。それなので、発表を聞いた時には『画面上の複数の箇所でMTFデータを得られれば、おそらく品質のバラつきの問題は解決するだろう』と思いました。個人的に、このシステムによって業界に革命が起こり、レンズの品質が劇的に向上するのではないかと思います。このA1システムの開発を始めたのはいつ頃なのでしょうか?完成までにどのような困難があったのでしょうか?」

山木「完成するまでにだいたい1年半くらいかかりましたね」

デイブ「それは以前使っていたMTF検査装置を改良する形で作ったのですか?」

山木「そうです。そもそも以前のMTF装置を作るのには何年もかかりました。しかし、その経験があったから今回のは比較的早く完成させることができました」



デイブ「動画の撮影にフルサイズの一眼レフを使う人が増えているのですが、オートフォーカスと絞りの動作音が問題になっています。動作音がとても小さいレンズを作ればこの状況を解決できると思うのですかいかがでしょうか?」

山木「確かにそうですが、動画用のレンズを作るためには光学系を変えないといけなくなります」

デイブ「つまり、優れた動画用のレンズは、優れた静止画用のレンズとは違うと」

山木「マニュアルフォーカスなら問題はないのですが、オートフォーカス用に静かなモーターと絞りを使わないといけなくなると、設計を変える必要が出てきます。撮影中は常に被写体を追わなければいけないので、フォーカス用のレンズはとても小さくしないといけません。トルクがあってなおかつ静かなモーターというのは存在しないからです。静止画ではその必要がありませんから、重くて大きなフォーカスレンズが使えます」

デイブ「シグマとしては動画用のレンズも視野に入っているが、そのためにはいろいろやらなければいけないことがあるということでしょうか」

山木「そうですね」

デイブ「さきほど新しい複合材TSCの話をされましたが、これは従来のポリカーボネートとは何が違うのでしょうか?また、ポリカーボネートと比べてTSCはよりコストがかかるのでしょうか?」

山木「TSCポリカーボネートより高価ですね。大きな違いは熱耐性です。ポリカーボネートは精度の面で言えばとても優れていて、良い金型を作ればユニットごとのバラつきはほとんどありません。しかし、金属部品は加工が必須で、工作機の摩耗などによって精度が安定しないのです。その点プラスチックの方が精度は安定していますが、問題は気温によって伸縮するということです」

デイブ「プラスチックの方が膨張率が高いと」

山木「はい。しかしTSCの性質はアルミニウムに酷似しています。それゆえ、安定していながら精度が高いという、プラスチックと金属のいいとこ取りをできるようになりました」

デイブ「なるほど。今回フォトキナ2012でお話ができてとても感謝しています。いつものように、とても素晴らしいインタビューになりました。また次のイベントでお会いできるのを楽しみにしています」

山木「どうもありがとうございました」