シグマ ― 最高の画像を手に入れるために(その2)




シグマの新しい未来


先日私はシグマのCEO山木和人にインタビューする機会に恵まれた。私は父親の後を継ぐということが彼にとってどのような意味を持つのか、そしてシグマというブランドを成長させていくために、どのような計画を持っているのか、話を聞いた。

「子供の頃はシグマ本社の最上階にいつもいた事を覚えています」と和人は言う。「会社はいつも私の人生の一部でした。小さな頃から私が会社を継ぐことになると聞かされてきたので、それは自然なことでした。私はそのことに重圧を感じていました。とても大きな重圧です。けれども、それをやらなければならないということも、私はわかっていました」

上智大学修士課程を卒業し、25歳の時に和人はシグマに入社した。彼は設計室の中央にある道広の机の隣に座り、シグマでの仕事を開始した。和人によると道広の机は彼が最後に出勤した日のままで、今もフロアにあるそうだ。

「理由はわからないのですが、机がそのままだと気分が落ち着くんです」と和人は言う。「彼は私の父であると同時に師でもありました。彼の仕事に対する情熱を私生活で、職場で間近に見ることができたのはとても幸運なことだったと思います。彼から多くのことを学びましたし、その献身と功績に常に感化されてきました」




少年時代に会津工場でかくれんぼ遊びをしていた和人も現在では45歳になった。彼はシグマの未来をどうするのか、その方向を探っている。

「新製品の開発には必ず技術革新による後押しがあります。私たちが目指していることは、ユーザーに特別で高性能な製品を提供していくことです。そのために、製品の品質向上には常に取り組んでいます」

近年発売されたシグマの製品はどれも、高度な職人技と斬新な設計の両方を備えるものばかりだった。和人は品質こそがシグマの生命線であり、会社の将来を左右する要素だと考えている。高品質路線を推し進めることで、ユーザーとの間に信頼関係を構築でき、それがさらに革新的な製品を生み出す糧となる。2012年のフォトキナで和人はグローバルビジョンの発表を行った。彼は言う。

「私たちは新しい方向に進もうとしています。グローバルビジョンによって、写真家がレンズを選ぶことが用意になりました。また、一眼レフのポテンシャルを最大限に発揮できるようになります。レンズの選択が容易になっただけではなく、これまでよりも簡単に機材の操作や調整ができるようになりました。また、これまでよりも高品質の製品を製造できるようになったので、ユーザーの高い欲求に応えることが可能になりました」





グローバルビジョンのレンズは3つのラインからなる。アート・スポーツ・コンテンポラリー。シグマのレンズはこの三つのラインのどれかに分類されるので、自分が使っているレンズがどのようなコンセプトなのか、そしてある写真を撮るのにどのラインが向いているのか、すぐに分かるようになっている。グローバルビジョンのレンズには、世界初のF1.8ズームである18-35mmF1.8、鏡筒を新しく作りなおした120-300mmF2.8、そして、キヤノンニコンソニーのライバルを凌ぐ性能を持つ35mmF1.4などがある。また、USBドックとSIGMAOptimization Proを使うことでカメラとレンズを接続し、ピント調整や設定の変更ができるようになった。これは画期的な商品だ。

また、グローバルビジョンのレンズはマウント交換サービスが利用できる。これによって、システムを変更したとしても自分が使っているレンズをそのまま他のマウントで使い続けることができるのだ。グローバルビジョンのレンズはさらに拡充を続けており、ミラーレス用にDNシリーズも発売されている。さらに追加情報として、グローバルビジョンのレンズは全て4年間の補償が付いている。これもシグマがすべての製品にきちんと責任をもつという姿勢の現れだろう。



18-35mm F1.8 DC HSM Art

シグマのグローバルビジョンレンズの一つ。このレンズはAPS-Cサイズのセンサー専用だ。世界初のF1.8ズームレンズであり、世界中の批評家からこれまで作られたレンズの中で最高のものの一つと評価されている。



インタビューも終わりに近づき、それまでに聞いた多くの話を整理しきれずに、考えがまとめられないでいた。それでも、最後に一つだけどうしても尋ねておきたかった質問があった。シグマの製品や革新的な技術について多く質問してきたが、一度もシネカメラについて話をしていなかったのだ。シグマの保つ技術を使用すれば、ハイエンドなデジタルビデオカメラ用のレンズが作れるのではないだろうか?動画撮影が要求する水準は高いので、シグマにとっても有力なマーケットになりうるのではないだろうか?私がこの質問を投げかけると、和人はゆっくりと微笑み、多くのジャーナリストがほぞを噛む、例の言葉を口に出した。

「ノーコメント」

ひょっとするとシグマには、隠された何かがまだあるのかもしれない。




シグマの終わらない物語


50年前に設立された時、シグマは日本で一番小さなレンズ製造会社だった。それから時が経ち、現在では世界最大の高品質な交換レンズメーカーであり、ニコンソニーオリンパスキヤノンペンタックスのそれぞれのボディに合うレンズを製造している。

フォビオンX3イメージセンサーを製造していたフォビオン社を2008年に買収すると、シグマはフラッグシップであるSD1MerrillDPMerrillシリーズなどの、特徴のあるカメラを製造してきた。RGBそれぞれに対応する素子を垂直に配置することで、フォビオンX3センサーはそれぞれのピクセルで正確な色の情報を取得できる。その結果、高解像度でありながら豊かな色彩を持ち、立体的を感じられる写真を撮ることができる。これは他の全てのメーカーが使っているCCDCMOSといったセンサーにはない、優れた技術だ。





シグマの規模と市場でのシェアは拡大を続けているが、今でも同族経営のままである。元々は協力企業を助けるために作った会社だったので、道広は会社を自分のためのものとは考えていなかった。当時の彼には、シグマが今日のような国際的に競争力のある成功した会社になるとは、夢にも思わなかっただろう。シグマ研究所という小さな会社が、カメラ業界に革新を起こすようになると想像するのは難しい。

しかし、その設立当初から、シグマは斬新で高品質の製品を、手頃な価格でユーザーに提供することを最優先事項に置いていた。CEOの山木和人と話をする中で、私は道広の遺した美しい職人技と発明の才が、正しく受け継がれていると感じずにはいられなかった。山木和人にとって、シグマはただの商売ではない。それは、深く根付いた情熱そのものだ。

別れ際に、私はカメラ産業がこの先10年でどのように変わっていくのか尋ねた。彼の返事は簡潔なものだった。

「人々の写真への愛情は変わることはないでしょう。技術的な面ではこれからも変化し続けるでしょう。しかし、写真文化そのものは、過去200年もの間続いてきたのですから、今後も変わりません。私たちはただ、写真そのものに貢献していくだけです。皆が今写真を楽しんでいるそのあり方を私たちも尊重し続ければ、シグマはこれからも新しい製品を発売し続けられるでしょう」