シグマのCEO 山木和人氏 2015年に会津工場を訪問したときに撮影

 

写真産業は中国の封鎖による世界的なサプライチェーンの混乱から回復しかけている。しかし、世界の他の国々は危機に瀕しており、特に米国とヨーロッパでは多くの企業が需要の大幅な低下を見越した対策を取り始めている。

先週、dpreviewはシグマの山木和人氏にインタビューを行い、現在の世界で起こっている状況についてと、シグマの次世代カメラとレンズ戦略について話を聞いた。

注:このインタビューは通信機器を使って遠隔で行われた。また、話の流れを明確にするために編集されている。

 


 

山木さん、つい2週間前に話を伺ったばかりですが、この2週間で何が変わったことはありますか?

2週間前、私は主に生産体制とサプライチェーンについて心配していました。シグマは全ての製品を日本で製造しており、ほとんどの部品は自社と日本の地元企業で製造しています。しかし、電子部品など一部のパーツは中国から仕入れているため、部品の供給を心配していました。ただ実際のところ、これまで深刻な問題はなかったです。サプライチェーンの混乱で一部の部品の到着が遅れたこともありましたが大きな問題ではなく、生産計画を調整することで対応しました。

 

中国の生産と供給システムは正常化し始めています

 

なので生産面では、大きな問題は生じていません。また、中国の生産と供給システムが正常化し始めているので、将来的にも問題が発生することはないと思います。

中国での販売も本当に心配していました。最悪のケースとして、昨年に比べて売上が半分になることも3月初めには覚悟していました。しかし実際は、中国での当社の事業はかなり安定しており、それほど悪くならなかったのでとても安心しました。中国はネット販売がすごくしっかりしているので、売り上げはまだ順調です。現在の最大の懸念はヨーロッパとアメリカの市場です。欧米でこんな危機が起きるとは、私は想像もしていませんでした。

 

日本の状況はどうですか?

米国やヨーロッパの一部地域で起きているような危機的状況ではありません。人々は通りを歩いていますし、店で買い物もしています。他の国ほど悪くはありません。

しかし、写真産業に関しては大変厳しいです。3月に入ってから日本市場での販売は減少傾向にあります。全体像を把握するには、もう少し待たなければなりません。

 

日本の東北地方にあるのシグマの会津工場。ここでは、同社のレンズとカメラがすべて組み立てられている。材料は主に日本国内の製造会社から供給されている。シグマのような一般消費者向けの映像機器を製造している会社で、このような生産体制をとっている会社は珍しい

 

つまり、中国の一部では、ある程度生活は通常に戻っている?

そう聞いています。人々は街に戻り始めており、街の雰囲気は良くなっていると中国のスタッフから報告を受けました。

 

今回の危機は長期的にどのような影響を与えると思いますか?

正直に言うと、私にもわかりません。一部の国はすでに数週間あるいは数か月間、都市を封鎖することを決定しており、これはシグマのビジネスに影響します。あまり悲観的にはなりたくないのですが、当面は状況が良くならないかもしれません。

 

欧米の売り上げのうち、ネット販売はどれくらいかご存知ですか?

コメントするのは時期尚早かもしれませんが、ヨーロッパでは、ネット販売が実店舗の販売損失を補うことができるようには見えません。一部のネット業者は現在需要が逼迫している食料品や衛生用品の販売を優先しているため、カメラやレンズの出荷は優先順位が低くなっています。

 

シグマのミラーレス向け「DC」レンズ三兄弟(現在、キヤノンEF-M、ソニーEマウント、マイクロフォーサーズ用が販売中)。このレンズは一部の地域で需要が供給を常に上回るくらいヒットしている。

 

この危機によって、写真産業の現在の構造、たとえばサプライチェーン脆弱性が明らかになりましたか?

いや、今回が初めてではないんです。2011年に日本で起きた地震やタイの洪水でも同じような問題がありました。全世界のサプライチェーンが完全な混乱に陥ったんです。シグマはそのようなリスクを意識していると思います。私たちのサプライチェーンは比較的狭いです。ご承知のように、シグマの取引先のほとんどは日本にあり、私たちは彼らと直接やり取りしています。それらの企業の一部は、特定の部品を二次請けと呼ばれる他の企業に外注していますけれど。

日本の企業の多くは非常に複雑な構造をしています。一次請け、二次請け、さらに場合によっては三次請けもあります。しかし、シグマの場合、サプライチェーンは非常に簡素なので、状況を調整するのは簡単です。

 

コロナウイルスの話はこれくらいにしておきましょう。山木さんは最近、シグマは一眼レフ用レンズよりミラーレス用レンズの開発を優先するだろうと話されました。この決定について説明してもらえますか?

それは単純にミラーレスレンズに対する需要が高まっているからです。ミラーレス市場は一眼レフと比較して安定しています。市場統計を見ると、一眼レフカメラの売上の減少がとても大きいことがわかります。しかもこの低下傾向は月を追うごとに急になっています。

さらに、一眼レフ用レンズの販売も減少しているため、ミラーレス用レンズの開発に注力しなければならないのは自然なことです。

 

シグマのミラーレス用レンズ「DN」(Digital Native)シリーズの需要は、従来の一眼レフ用マウントに作られたレンズの需要を上回っている。このため、シグマはミラーレス用レンズの開発を優先している。

 

フルサイズ用の「DN」レンズは発売以来、市場でどのように受け入れられていますか?

とても良く売れています。特に24-70mm F2.8は大変好評で、まだこのレンズの需要に生産が追いついていません。生産能力を継続的に強化してきましたが、まだ需要に応えられていません。現在の厳しい状況でも、このレンズの需要は依然として非常に高いです。

 

DNレンズの売上のうち、Lマウント用の割合はどれくらいですか?

ちょっとここで言うのは厳しいです。出荷しているDNレンズのほとんどは、当然ですがソニーのEマウント用です。Lマウントシステムはまだ始まったばかりで、ユーザーを満足させるような十分なラインナップはありません。マウントの変更は、ユーザーにとって大きな決断です。将来的に使ってみたいと思っているユーザーはたくさんいますが、おそらくLマウントシステムがどのように発展するのか多くの人が静観しているのだと思います。Lマウントシステムが完成するまでには、さらに1~2年は必要だと思います。それもシグマだけでなく、パナソニックやライカからも製品が出る必要があります。

 

昨年、シグマは初のフルサイズカメラ「fp」を発売しました。fpの売り上げはどうなのでしょうか?

発売当初はかなりよく売れました。アーリーアダプターには非常に評判が良く、すぐにカメラを購入してもらいました。私たちはユーザーからたくさんのメールをもらって、私もそれを読んだのですが、fpに非常に満足しているユーザーがたくさんいます。また、シグマはFacebookTwitterなどのSNSを通じてフィードバックをもらっています。

しかし、正直に言うと、特にヨーロッパとアメリカでは、発売以来かなり売り上げが落ちています。日本では引き続き良く売れていますが、全体としては売り上げは予想を下回っていますね。

 

fpは、写真家や映画製作者に向けた、超小型フルサイズカメラ。サイズを最小化するために、シグマは電子シャッターの使用を前提にfpを設計した。山木氏はこれが「未来のカメラ」の姿だと信じている。

 

売り上げの減少はなぜだと思いますか?

理由はいくつかあると思います。まず第一に、マウントの変更はユーザーにとって大きな投資になります。なので、実際にfpに興味を持っていても、Lマウントシステムの発展を待っている方も多いと思います。また、シグマにはfpに適したコンパクトなレンズが足りません。現在、そのようなレンズをいくつか開発しています。そういったラインナップができたら、たくさんの人がカメラを買おうと思うのかもしれません。

 

コロナウイルスの危機のために、多くのイベントをキャンセルする必要がありました。そのため、ユーザーが私たちのカメラを試せる機会を失いました

 

それが一つ目の理由ですね。二つ目は、日本では「タッチ&トライ」イベントを開催することで、fpが良いカメラだとユーザーが納得できるようにしていたんです。fpを実際に試した後だと、多くの人が購入してくれるんですよ。そのようなイベントをたくさん実施する計画があったのですが、コロナウイルスの危機で、日本、中国、ヨーロッパで予定していた多くのイベントをキャンセルする必要がありました。そのため、ユーザーが私たちのカメラを試せる機会を失いました。大変残念だったのですが、状況が落ち着いたら、また再開したいと思います。

 

今回、CP +やNABなどのイベントもキャンセルされました。これはシグマなどのメーカーにどのような影響を与えますか?

今現在、そのようなイベントの価値を判断するのは難しいです。しかし、CP +は基本的にはユーザー向けのイベントです。通常は、新製品に心を躍らせている人がやって来ます。そのワクワクを利用して私たちも販売に勢いをつけることができます。なので、そいういう機会を失うことは間違いなく良いことではありませんね。

 

CP+2019の様子。最新の写真機器を手にしようとする熱心なファンが多く集まる。ここで製品を「手に触れる」貴重な体験をすることで、ユーザーの関心が売り上げに繋がっていく。各メーカーは2020年のCP+がキャンセルされた影響を非常に感じている。

 

より小さなレンズの開発について、もう少し話してもらえますか?

シグマはこれからも、最高の性能の製品を届けられるよう努めていきます。しかし、今後は2つの大きな製品の流れができると思います。一つは、既存の「Art」シリーズのような、本当に真剣な写真家向けのものです。そして、もう一つのラインは、高品質のプレミアムなレンズでありながら、遥かにコンパクトなレンズです。例えば45mm F2.8のような、金属製の鏡筒、高品質の絞りやフォーカスのリングを備えた、非常にスタイリッシュなデザインのレンズです。ストリートフォトグラファーや、小さくてスタイリッシュで高品質な商品を必要としている人のために、このようなラインナップも広げていきます。

 

ということは、これを読んでいる人は、Artシリーズの光学性能を持った、適度な明るさの小さなレンズを期待してもいいということですか?

はい、それが私たちの目標です。おそらく近い将来、そのような製品を手にすることができると思います。

 

シグマは、将来的にLマウント/Eマウント用45mm F2.8 Contemporaryのような、よりコンパクトなレンズを作ることに取り組んでいる。

 

fpは将来的に、メカニカルシャッターやビューファインダーを備えたモデルに展開していくとお考えですか?

カニカルシャッターの付いたfpを作ったとしたら、それほどコンパクトにはなりません。fpが非常に小さい理由の一つに、メカニカルシャッターをなくしたことがあります。私たちは「未来のカメラ」のプラットフォームとしてfpを作りました。センサーの読み出し速度が向上したため、将来的にはほとんどのカメラからメカニカルシャッターがなくなると思います。将来のシグマの製品については何も決まっていませんが、おそらくこのコンセプトは維持していくと思います。

 

山木さんは最近、Foveonフルサイズカメラの計画を延期することを発表しました。プロジェクトが延期された理由について詳しく教えてください。

センサーの開発が大幅に遅れているからです。現在も開発中ですが、克服しなければならない技術的な問題がまだいくつかあります。全てがうまくいけば、来年カメラを発売できるはずです。しかし、引き続き技術的な問題の解決ができないと、さらに遅れることになります。私たちはカメラの開発を止めてませんが、センサーがない以上、開発を早く進めることはできません。

 

DP Merrillのような、単焦点レンズにフルサイズを載せたカメラに興味がありますか?

今の時点で開発する予定はありません。マーケットを調べているところですが、そういうカメラをとてもコンパクトにするのは難しいですね。もちろん、ソニーのRX1R IIのような超小型のカメラもありますが、レンズをコンパクトにするのは難しいです。本当に小さなレンズを作るとすると、焦点距離F値が非常に制限されます。APS-CやM43に単焦点を載せたカメラと比較すると、フルサイズは技術的に非常に困難です。

 

私たちの使命は、できるだけ多くのマウントをサポートすることですが、開発リソースが限られているため、マウントは厳選する必要があります

 

キヤノンRF、富士フイルムXF、あるいはニコンZマウントのレンズ開発について、何か話せることはありますか?

レンズメーカーとして、できるだけ多くのマウントをサポートすることがシグマの使命であると信じていますが、開発リソースが限られているため、マウントは厳選する必要があります。マーケットの動向は常に注視しています。

 

「クラシック」シネレンズはどのような反響がありましたか?

とても好評です。特に独特な絵を求めている映画製作者に高く評価されていますね。このレンズは巨大なゴーストとフレアが発生するので、簡単に扱えるわけではありません。特にフレーム内に直接光源がある場合ですね。しかし、光をうまくコントロールすると、非常に美しく、柔らかい、「レトロ」な絵作りができます。ハリウッドにいるプロの映画製作者は、このレンズを非常に高く評価しています。

 

 

このレンズを使っている作品をご存知ですか?

まだ発売して間もないんです。1月と2月に出荷を開始したばかりなので、そういう情報はまだありません。しかし、シグマは自社で映画を制作しました。約30〜40分のものです。シグマfpで全てを撮影し、シグマのシネレンズを使い、一部のシーンでは「クラシック」レンズを使用しました。いくつかの映画祭に申し込む必要があったので、そのあとで映画はオンラインで公開します。おそらくもうすぐ公開できると思います。

 

DC DNレンズのラインナップを増やす計画はありますか?かなり長い間、3つのレンズだけになっています。

実を言うと、DC DNレンズの需要は増え続けています。本当に驚いています。出荷数で言うと、現在シグマのトップセラーです。一般的にAPS-Cカメラとレンズの市場は減少しているので、これはすごいです。しかも、これら3つのDC DNレンズの売上は増え続けています。売上のほとんどはソニーのEマウントとマイクロフォーサーズ向けで、ピークシーズンには需要が追いつかないことがあります。

 

まだマイクロフォーサーズの市場は健全だと考えていますか?

はい、マイクロフォーサーズはとりわけ映画製作者に受け入れられていると思います。そしてシグマの16mmはM43ユーザーの間で本当に人気があります。コンパクトなシステムを必要とする人々は、今でもマイクロフォーサーズを愛用しています。

 

 

 


編集後記:バーナビー・ブリットン

最後に山木さんと話をしてから2週間で(この記事)、多くのことが変わりました。ほんの数日前まで、一番心配していたのは中国からの部品の入手と個人消費の大幅な減少でした。現在、世界中の国々が実質的な封鎖状態にあり、米国とヨーロッパの政府は差し迫った医療システムの崩壊を防ぐために立ち向かっているので、そういった心配をすること自体、趣味が悪いように見えます。

市場がどれほど早く、そしてどの程度まで回復するかはまだ不明ですが、一時的な希望の兆しがいくつかあります。山木氏は中国の状況は安定していて、中国の雰囲気が良くなっていると語りました。日本は(少なくとも今のところは)COVID19の発生による最悪の社会状況を回避できているようですし、韓国は徹底的な検査と追跡技術を使うことで、大惨事が起こりえた状況に対処しました。

 

現在の危機的な状況はともかくとして、山木氏はシグマの一部の製品、特に「DN」シリーへの需要は引き続き高いと語った

 

悲しいことですが、ヨーロッパやアメリカについては同じように言えません。経済的混乱に直面しているそれらの地域では、消費者が財布のひもを締めています。2020年はまだ始まったばかりですが、山木氏は今の段階で「本当に悪い年になる」と考えており、そのような判断になることは想像に難くありません。

私たち全員にとって、間違いなく厳しい時代が到来しています。しかし、現在の危機的な状況はともかくとして、山木氏はシグマの一部の製品、特に「DN」シリーへの需要は引き続き高いと語りました。これは、24-70mm F2.8 DG DN ArtやAPS-C用の「DC」レンズ三兄弟が含まれます。この三兄弟の売り上げに関しては、実に、本当のサクセスストーリーであるようです。

 

Canon RFとNikon Zのサポートはもう少し待つ必要がある

 

Canon EF-Mのサポートが「DC」の範囲に追加されましたが、フルサイズでは、Canon RFとNikon Zのサポートはもう少し待たなければならないようです。山木氏によると、できるだけ多くのマウントをサポートしたいが、エンジニアはすべてを行うことはできないそうです。なので何に開発リソースを使うか選択する必要があります。

また、新しいマウントで使われている通信プロトコルは保護された知的財産であり、使用許可が必要になります。したがって、ユーザーだけでなく、シグマのエンジニアも根気強く開発を待っている可能性があります。元のメーカーがプロトコルを第三者に公開した後でなければ、どのような決断も下すことはできません。

fpのようなカメラに合うように特別に設計された小型軽量レンズは、すぐに発売されると聞いています。よりコンパクトで少しF値の大きい「Art」シリーズの画質を持ったレンズは、シグマファンが長年要望しています。山木氏は「近い将来」そういうレンズが発売されると明言されました。それはLマウントだけでなく、もっと良く売れることが確実なソニーEマウントでも発売されるでしょう。

 

fpのようなカメラに合うように設計された小型軽量レンズのシリーズはもうすぐ発売されます

 

それと同時に、シグマは映画製作の現場に浸透し続けていきます。静止画/動画のハイブリッドカメラSIGMA fpの販売は鈍化しているかもしれません。しかし、シグマのシネレンズは映画製作者に人気があることは実証済みです。また最小限のコーティングで設計された「クラシック」シネマレンズシリーズは、映像にレトロな表情を与えられるということで、ハリウッドで好評を博しています。

 

 

 

 

 

元記事

www.dpreview.com